※神立ち設定(政宗と夫婦後)


「腸が煮えくりかえるとはこの事よ!!」

スパァン と豪快な音を立てて、は自宅の扉を思いっきり開いた。「あら、お帰りなさい」と暢気な母親の声が出迎える。

、また帰ってきたのかこの放蕩孫娘」
「うるさいわねー。はい、お土産」
「なんとこれは麗しき至玉!神棚に飾らねば」

文句を垂れる祖父をはあっさりと懐柔し、何食わぬ顔でこたつに居座った。祖父の言葉通りがこうして実家に帰るのは珍しいことではない。夫婦になる前から何かと衝突の多かった二人だ。癇癪を起こしてしばしば別居、というのは言わばいつものパターンであった。

「お母さーん、ごはんー」
「はいはい」
「こうなったら自棄食いしてやるんだから」

夕時に帰ってきたのは我ながらタイミングのよいことだったとしたり顔で、食卓に並んだ料理に手を付ける。これこそ母の味と幸せを噛み締めながら、ふと政宗は今頃どうしているだろうと思った。
どちらかというと意外にも尽くすタイプの政宗は、彼自身が厨房に立つ。男子台所に入らずという格言は家に限ってはない。旬の料理をさりげなく、隠し味も副えて、こだわりと愛情たっぷりの夫の料理も母に負けないほど美味しい。彼のせいで肥えた舌はもはや他の物では満足出来ないほどだった。あれ、こうして手懐けられているのかしら。ふと途方も無い彼の遠略であったらどうしようと考えてぞっとした。
考えを振り払うように頭を振って、箸を銜える。

、お行儀が悪いわよ」
「うん」
「肉じゃが美味しいかしら」
「うん」
「政宗くんが恋しい?」
「うん…うん!?」

母の問いにぐっとじゃが芋を喉に詰まらせる。慌てて水、水、と叫んで祖父から手渡されたものを飲み干した。

「何があったか分からないけど、どうせが突っかかっていったんでしょう」
「あ、あれは政宗が…!」
「とにかく明日謝りに行ってあげなさい」
「……やだ」
「意地を張らないで。あなたの顔、寂しいって書いてあるわ」
「うそ!」

ぺたぺたと自分の顔を触ってみるが、勿論分かるはずがない。だがそこまで顔に出ていたのだろうかと思うと、母の前では嘘をつけない恥ずかしさがある。なんとなくいたたまれなくなって、逃げるように席を立った。

「何処に行くんじゃ」
「お風呂よ、お風呂!」

思えば落ち着いてお風呂に一人で入る、というのは随分久しぶりのことだ。いつもなら一人で入ろうとするものならどこで聞きつけてきたのか、政宗がやってくる。神界にある伊達屋敷は、出雲にある別邸の比ではなかった。つまり途方もなく規模が大きい。風呂というよりは露天風呂に近い湯船は政宗が竜になればすぐに湯が溢れて、すかさず文句を言うと喧嘩になり、そのまま揉み合いになって……と追憶したところで顔が真っ赤になる。どうしてこう離れていても政宗のことをすぐ思い出してしまうのだろう。元々想像癖があったけれども、近頃は重症だわ、とはひとりごちた。
少し長湯しすぎたのか立ちくらみを起こして、しばらく脱衣所で座り込む。

(確かに寂しいのかもしれない… 明日、仕方ないから戻ってやるかなあ)

母に指摘されて気づいた事実に、癪ではあるが謝ることに決めた。ただし、明日。さすがにいますぐ怒りを鎮めることは出来ない。そう決めていたのだが、いざ自室に上がるとがらんどうとした部屋にやっぱり寂しさがこみ上げる。いつもだったら政宗が当たり前のように布団の中にいて、隣を叩いて待っている。

(思ったより政宗に依存していたのかな)

なるほどこうして頭の中が政宗でいっぱいなのも頷ける。ところがそうしてすごすごと掛け布団を捲ったときだった。

「……遅いんだよ!」
「は!?」

男の苛立った声が窓際から聞こえた。空耳かと一瞬疑ったが、月光を背に受けて立つ竜を見て現実だと悟る。腕を組み、不遜な態度で我が夫はずかずかと部屋に侵入した。

「てめえ、人が夕食作って待っててやったのにすっぽかすとはどういう了見だ」
「何言ってるの。実家に帰らせていただきますって書置きしたじゃない」
「これで五回目だぞ!?さすがにまた帰ってるとはおもわねーだろ!!」
「だって腹が立ったんだもん」
「…おまえのそういう行動力には驚かされる。いいから、帰るぞ」

ぐいっと手を引っ張られたが、は微動だにしない。

「なんだよ、まだ怒ってるのかよ…」
「政宗。今日はここで寝ましょう」
「Yeah, yeah I'am sorry……って、あぁ!?」
「だから、ここで寝るの」

今度はが政宗の腕を引っ張り、ベッドの中へ誘導する。訳が分からないといった様子で政宗はされるがままだったが、彼女のきまぐれに諦めてため息をついた。とりあえずもう怒ってはいないことに安心してそろりとに手を伸ばす。

「こうするとなつかしいね」
「そうだなァ…」

政宗と出会って、大人なのに子供のような彼の添い寝をしてやった頃を思い出す。あの時と違うのは、二人が夫婦になったということだけ。


(120209) さやさんへ!