は、ひどく、動揺していた。今まで不安に思っていたこと全てを一気に言い当てられたようだ。佐助の淀みなく続く言葉が鋭い針のようで、チクチクと心を突き刺されていく。

「アンタは政宗にとって限りなく重い枷だ。ああ、別に嫌がらせとか意地悪とかで言っているわけじゃない。ちゃんの為を思って言っているんだ。政宗に迷惑、かけたくないでしょ?」

政宗は、伊達政宗はの恋人だ。ただその男の持つ肩書きは一大学生にしては過ぎたるほどの、所謂血筋のよい資産家の息子だ。それに比べて、とは常々思ってきた。政宗に釣り合うとは到底思えず、彼の好意で彼女にさせてもらっているようなもの。そうした劣等感のようなものがあったことを佐助は顕在化させてしまった。

「まあ、考えておくんだね」

いずれ避けられようのない別れる時のことを。別れ際にそっと、佐助は警告を残していった。



それがあったせいだろうか。意図せずにはつい政宗の前で零してしまったのだ。

「別れたい」

と。政宗は驚いたが、すぐに目を細めて剣呑な眼差しをに向ける。

「俺が嫌いになったのか」
「ち、違う」

責められるように問い詰められて、は自身の軽はずみな言葉を恥じた。
ただ、政宗に誘われて訪れた高級レストランに着き、艶やかな令嬢が政宗に挨拶をし、ごく自然にこなす洗練された食事作法の手つきを見て、つい思ってしまったのだ。自分とはあまりにも世界が違う。政宗に相応しいのはああいった女性で、わたしではない。

「なら好きだろう?俺を」
「それは、もちろん」
「だったら別れたいなんて言うな」

安心したように政宗は椅子の背に凭れ掛る。それはそうだ、わたしとて出来れば政宗と別れたくはない。と、は考えたがどうにも不安を拭いきれない。このままではいけない、きっとわたしが政宗をダメにしてしまう。

「…何を焦っているのかだいたい検討はつくが」

赤々としたワイングラスを傾けて、政宗は呆れたように呟く。

「お前はこの俺が選び抜いた女だってことを自覚しろ。それから悩んでいるなら言え、背負い込んでも俺たち二人のことだから、二人でしか解決できるわけねーだろ」

な?と、政宗は優しく諭すように微笑み、わしゃわしゃと人の頭を撫でる。その言葉だけで凝り固まっていた不安が氷のように解け去っていくのが分かった。まったくこの人はどうして…、も思わず笑顔になった。

「そうだね」
「ようやく笑ったな」
「え?」
「今日ずっと眉間に皺寄せてたぜ?」
「うそ」
「俺は嘘をつかねえ。ついでに言うと、お前は笑ったほうが可愛い」

さすがにこれも、うそとは言えなかった。どう切り替えしたらよいものか、赤くなってきた頬を隠すようには食事に集中してナイフを切り込んだのだった。



打って変わって、次の日。政宗はキャンパス内に設けられた喫煙所で佐助を見つけた。背もたれに行儀悪く手を広げて、空を仰いでいる。政宗はポケットから煙草を取り出しながら業と佐助の前に仁王立ちする。

「セッタかよ」
「そっちはクール、ね。彼女さんに煙草くさいって言われないの?」
「猿に心配されるようなことはねぇさ。だから余計な首を突っ込むな」
「……何のこと?」

佐助はうっすら笑みを浮かべたが、政宗を見る目は冷ややかだった。それに負けず劣らず政宗のひとつしかない瞳は冷たく睨んでいる。

「俺は嫉妬深いんだ、これ以上に関わるな」
「おーこわ」

茶化すように佐助は呟き、立ち上がって煙草の火を消す。立ち去るその背を見つめながら、政宗もまた次の教室に移動した。
携帯が震えて画面を見れば、愛する彼女から「席取ってあるからね」とのメール。退屈な講義も楽しくなりそうだ。政宗は人知れずそっと画面に口づけた。


(110721) 葉月ちゃんへ!