38.1分、体温計は虚しくも今朝よりずっと高い数値を示していた。その数字か、熱が上がったせいかますます頭痛がひどくなる。こういうときに一人暮らしはつらいとしみじみ思った。料理を作る気力もわかず、かろうじて風邪薬を放り込んだ程度だ。これではいけないと分かってはいるが何をする気力もわかずに体を動かすのも億劫なありさまである。
そのまま再び布団に潜り込んだところでいつの間にか枕の下に埋まっていた携帯電話が自己主張するかのように震えた。
「……?」
誰からだろう。親しい友達には今日休むからノートやプリント類はお願いしてある。徐に画面を見ると【石田三成】の文字があり、ぎょっとした。部長である彼に連絡し忘れていたとはまさに生涯の不覚。練習に厳しい彼にとって部活動を無断欠席するという行為は許しがたいものである。どれだけ怒られるだろうと恐々メールを見ると、また驚くハメになった。
『今から家に行く』
家?家ってもしかしてわたしの?え、三成わたしの家知ってるの?ていうか、どうしよう部屋散らかって、冷蔵庫何もない。ぐるぐると目まぐるしく思考が動いてついには要領オーバーになる。もうどうにでもなれとぐったり項垂れたところでタイミングよくチャイムが鳴った。
のろのろとベッドから這い出すと、急かすように連続でチャイムが鳴る。ピンポンダッシュかあの男は。
「はいはーい」
うわ、声がガラガラだ。出して初めて気づいた。ゴホンと咳をひとつして整えてから鍵を開ける。それを待っていたかのように勢いよくドアが開き、仏頂面の石田三成が右手には薬局のビニール袋を、左手にはお鍋を持って立っていた。
「い、いらっしゃ」
「馬鹿か貴様は!!!」
努めて笑顔で迎えたというのに言葉を遮って開口一番三成は罵った。
「連絡も無く無断で部活動を休んでいるかと思えば、風邪だと?普段から体調管理が出来ていない証拠だ。おまけにメールの返信はよこさず、部屋で死んでいるかと思い来れば案の定だ、その声はどうした。貴様のことだ、どうせまともな食事を摂ってはおるまいと粥を持参したが、そののどの調子では水分までとっていないだろう、この体たらくっぷり。呆れて物が言えない」
充分言っていますけど、とは言えずにすみませんと反射的に謝ってしまった。どうやら全ては彼なりにわたしのことを心配してくれた故の行動だったらしい。
少しは言いたいことも言えて満足したのが、「邪魔するぞ」と律儀に断ってずかずかと台所目指して歩いていく。後から追いかけたら寝ていろと怒られた。
言われたとおり大人しくしていると、ほかほかと温まったお粥が差し出される。食に関して普段興味を示さない彼にしては珍しい。
「安心しろ、わたしが作ったものではない」
わたしの視線から察したように三成から述べた。大方彼の友人である大谷さんが作ったのだろう。さっそく頂こうとスプーンに手を伸ばしたが、その前に三成が取ってしまった。無言ですくい、口元に持ってくるものだからその意図に気づいて動揺した。
(え、まさかこれ「はいアーン」ていう展開じゃ)
堅物三成がこんな普通にやるとは思わずに衝撃を受ける。おまけに何を勘違いしたのか「食べないのか?…ああ、これでは熱いな」とふうふう冷ましてくれる始末。今度こそ目の前に突きつけられてその好意を断れるはずもなかった。意を決してぱくりと食べると、三成は第二陣をすぐに用意し始めた。もしかしてこれ全部食べるまでやるつもり?
「三成!自分で食べれるからもういいよ」
「病人が何を言っている。こういうときは甘えおくのが得策だ」
「いや、えっと、ああそういえばそっちは何?」
我ながら無理のある話題転換と内心苦笑するが、三成は素直に持ってきていたビニール袋を広げる。風薬と冷えピタが入っていた。これも大谷さんの入れ知恵だろうな、とは思ったがきっと三成にとってこれが始めての看病だ。ない知識を得るため必死でまわりに聞いたんだろう。……わたしのために。
「おかしなやつだ、何を笑ってる」
「ううん、べつに〜」
不思議だ、あんなに苦しくて寂しい気持ちも吹っ飛んでしまった。逆に今では風邪を引くのもたまになら悪くないと思えてくる。わたしって結構現金なのかも、と考えつつこれも三成だからだろうなと結論付けた。
(111029) 聡さんへ!