ようやく見つけた。額から落ちる大粒の汗を拭い、呼吸を整えながら彼に近づいた。さらさらとした砂浜に足跡をつけて歩けば、彼はその気配にこちらを振り向く。

「なんちゅー顔してんのよ」

いつもの自信に溢れる政宗はどこかへ行ってしまったかのよう。力無く笑う政宗の隣に腰を下ろす。小十郎に見つけ次第城へしょっ引いて来るように言われていたが、少しくらいいいだろう。

夜の海はひどく静かだった。夏は終わり、奥州に秋が来ようとしている。時期に冷たい風が訪れて紅葉を惜しむ間もなく雪に閉ざされる定めだ。それが奥州を守り、同時に他を攻める機会を奪うものであった。
国主たる政宗は異例の速さで奥州をまとめ、いま天下へ名乗りを上げている。しかしその華やかな面とは裏腹に普段は見せない不安と責任に苛まれる彼がいる。それを慰労するのは妻たるわたしの役目だ。

「よし!」

袖まくりして打ち寄せる波に近づく。政宗は不審げにそれを眺めていたが、やがてその意図を理解したのか焦ったような制止の声が後ろからした。
それを気にも留めずにずんずんと星空を移す黒い海に体を沈めていく。さすがに寒いと顔を顰めながらも胸まで浸かったところで、大きな手が強い力でわたしを引っ張った。

「この馬鹿が!!死ぬ気か」

振り向かされ、怒りを滲ませる隻眼とぶつかり合う。

「そのほうがいいよ、政宗」
「は?」
「今何も考えずにわたしを助けてくれたでしょ?迷っているより、政宗がしたいことをすればいい。政宗が思っているほど皆は弱くない。だから気負わないで、わたしたちが支えるから」
「な、この ば、か…」

目を丸くして政宗はわたしの言った言葉を咀嚼すると、途端に笑い出した。

「まったくアンタにかかると悩んでいた俺が馬鹿みたいだ」

ぎゅうと政宗が抱きしめる。首筋に彼の吐息が触れて、あ、泣いていると冷静に思った。震えている政宗の肩をそっとわたしも抱いて、寄り添う。
海と空の境界線は見えない。まるで世界がひとつになって、その世界にはわたしたちしかいないように錯覚した。


(111002)