じんまりと背中にかいた汗で張り付いたテーシャツの着心地がきもちわるい。ぱたぱたと襟元を仰いでみるけど涼しくなるはずがない。夏休みに、それもこんな暑い日に、大工仕事を女子にやらせるなんて間違っていると文句を言いたくても、文化祭の劇で役なんかやりたくないから選んだ係りだったから仕方ない。
「釘ちょーだい」
「はいはい」
隣で色付け作業をしている友達が工具の近くにいたものだから頼んだが、別の声が拾われた。ひょいと釘を何本か取って、これでいい?とにこにこ微笑むのは別クラスの猿飛佐助だ。な、なんでここにいる。ぎょっとしてまじまじと見上げると、「精が出るね〜」と軽口を叩いた。
「邪魔するなら出てってよ」
「つれないなあ。いいじゃん、こんな暑い日まで劇の練習やってる俺様を褒めて」
「あーそういえば、役何だっけ?『不思議の国のアリス』の遣いっぱしり兎?」
「ひっど…!シンデレラの王子様だから」
「ふくれっつらがあざといわよ、王子。それかわいいと思ってるの」
我ながらまたかわいくないことをぽんぽんと口に出せるものだと自嘲する。佐助のことは嫌いじゃない。むしろ、気になるほどには好きだ。それだというのにこの口は、ついつい心とは裏腹な言葉を紡いでしまう。偉いね、きっと佐助の王子様姿素敵だよ、そんなことが言えたら……。
「……−〜っ!!!!いったぁ!!」
俯いて考え事をしながらトンカチを振り下ろしたのが悪かった。勢いはそこまでなかったものの、側にあった自分の指を叩いてしまった。あんまりにも痛くてじわりと目尻から涙がこぼれる。
「ちゃん!?!?」
佐助が教室に響き渡るんじゃないかってくらいに大きな声を出した。驚いて佐助を見ると、あまりにも必死な形相で取り乱しているものだから、こっちが冷静になってしまう。心配げに集ってきた友達をよそに、佐助は私の肩を掴んで、なんと…横抱きにひょいとかつぎあげた。
「保健室行くよ、ちゃん!」
「えっ そ、そこまでしなくても…」
「だめ!!!」
有無言わせずにそのまま保健室まで運ばれる。佐助は人ひとり抱えているはずなのに、随分軽やかに走るものだから、こいつ忍者の末裔かと疑うくらいにはすごかった。保健室に飛び込むなり、おそろしい剣幕で支離滅裂な言葉を述べるため、私自身が説明する羽目になる。
幸いなことに赤く腫れてはいたが、大事には至らず、冷やしてから湿布を貼るだけで済んだ。
「はー、心臓がつぶれるかと思った」
「へえ…佐助にも心があったんだね」
「そりゃあるさ。少なくとも好きな子が怪我をしたら動揺しないやつはいないと思うよ?」
すっかり平常心を取り戻した佐助が、ばちりとウインクを送る。きょとんとしてその仕草をじっと見ていると、「…ちょっと何か言ってよね」と照れたように佐助が頭をかいた。
「だって、誰が、誰を好きだって?」
「俺様が、ちゃんのこと」
信じられずにまた冗談かと思って笑うと、佐助は至極真面目な顔をしてごほんと咳払いとひとつ。それから私の前に跪いて、右手を取った。
「好きだよ、俺だけのお姫様」
そっと佐助がキスをする。つう、と涙が頬を伝った。
「ご、ごめん痛かった?」
「ちが……」
佐助がガーゼが巻かれた指を優しく包んだ。違う、傷が痛かったわけじゃない。
「嬉しくて」
そういうと、今度は佐助の方が驚いた顔をした。それから目を細めて、いとおしげにこちらを見てくる。ああ、やっと言えた。
(120220) 志井さんへ!