マイクから垂れ流される教授の言葉はさながら子守唄のようだ。どうにも眠くなるのは私だけではないようで、辺りを見回すと机に突っ伏している生徒は何人もいる。おかげで視界は良好だ。落ちそうな瞼を擦りながら、そっと頬杖をついている一人の生徒に視線を走らせた。名前も、学部も知らない、窓際の王子様。学期初めで今のところ一緒の授業はこれだけ。しかも全学部共通のものだから特定できずにいた。去年は二つだけ同じ授業があって、この大講堂でいつも窓側の定位置に彼は座る。だから、窓際の王子様。ときどき図書館で見かけたり、中庭ですれ違ったりしようものならその日は幸せで、会えない日は寂しくてたまらない。
「まーた、見てたでしょ」
ぱこんと丸めた教科書で後ろから叩かれた。恨めしげに友達を睨むが、畳み掛けるように「授業はとっくに終わってるわよ」と言われてしぶしぶ荷物をまとめた。寝ていた生徒たちも終了間際にはびっくりするほど片付けが早くて、教授の声が聞こえなくなるくらいばたばたとうるさい。最後まで窓際の王子様を見送っていると、ただでさえ短いと感じる移動休憩があと半分。次の授業が始まってしまう。
「あんた次なに?」
「情報基礎演習だよ、二号館の」
「ああ一階のパソコンルームね。残念、あたしは三号館だわ。じゃあね〜」
薄情にもひらひらと手を振って友達はさっさと行ってしまった。取り残されてひとりとぼとぼと教室に向かう。履修の際、抽選だったせいもあって人数はぴったりなくらいにいた。空いている席は少なく、おまけに友達らしき人物も見当たらない。うわあぼっち授業かも、と落胆して仕方なく男子生徒の横に着く。
(えっ!?)
ちらっと盗み見た横顔は間違いない、窓際の王子様だった。物憂げな表情で操作している姿がまたかっこいい。落ち着かずにそわそわとしながら先生が入ってきたのに目を取られている振りをして、視界に入る王子様をちらりと見る。この偶然と言う奇跡に感謝せずにいられようか。
先生の話も半分に聞いていたが、突然グループワークをやりますという言葉に教室がざわめいた。それも今座っている席で前後ろ四人と聞き、耳を疑う。続いて自己紹介と班長を決めるようにと言われると、前に座っていた二人がこちらに向き直った。
「俺様、経済学部の猿飛佐助ね。よろしく〜」
「教育学部の真田幸村と申す」
さっさと話し始めて、思考がまだついていけずに慌ててしまう。それも私以外全員男という事実に少なからず落胆したが、王子様がいるならばと言い聞かせた。
「俺は国際学部の伊達政宗だ」
間近で聞いた王子様の声は低くて、少し掠れていて、想像通りだった。伊達政宗、名は体を表すというけど本当なんだわ。おまけに学部まで知ることが出来たなんて…!人知れず心の中では悶えつつも、冷静に自分の学部と名前を手短に述べる。
「ええと、ごめんなさい、よく聞いてなかったんだけど何をすれば?」
「なんかねー、パワーポイントでグループ発表するみたいだよ。で、今日は何をテーマにするか話し合うみたい」
猿飛という男が仕切ってくれたおかげで割りとスムーズに進んだものの、自由度が高すぎてあまりまとまらない。後日四人で集れないかと言う話になって、アドレス交換をしようということになった。
王子様の!いや伊達政宗様のアドレス!!自分でもきもちわるいくらいに興奮して、アドレス帳に追加された名前にうっとりする。
「なあに〜、ちゃんてばもう伊達ちゃんにめろめろ?」
「えっ…ち、ちがうよ!」
「へえ〜?そう?」
どうやらサークルが一緒らしい猿飛佐助が、それに気づいて冷やかす。そんなことを言われたら条件反射で照れ隠しの否定するしかない。我ながらどもったのには説得力がなかったなと忸怩たる思いでいると、当の本人はけろりとした顔で、
「なんだ、そいつァ残念だ」
と言うものだから期待してしまうじゃないか。ばか、かっこいい。
(120220) 夏野さんへ
筆頭が余り喋らなくてすみません、学部考えるのが楽しかったです