授業の終わりを告げる鐘が鳴って、うーんと伸びをする。我ながらよくもまあ一番前の席で寝れたものだと感心していると、突然教科書もなかった机の上にドサリと地図やら半紙やら資料やら置かれていった。
「寝ていた分体力は余っているよなァ?運んでおけよ」
ポンと肩に手を置かれる。社会教師片倉小十郎は笑っていない目で念を押し、そのまま教室を去っていった。これは片付けなければ殺られる…!間違いなく成績を盾に取られている!!慄き慌てて端から手に持っていく。
「センパイ、帰ろうぜ…って How did you do?」
「いいところに!」
中身が軽そうなスクールバックを引っさげて後輩の政宗が、人もまばらな教室内に入ってきた。これぞ天の助けだと駆け寄る。いつもとは打って変わった態度に政宗は不審げな目線を投げてきたが、事情を説明すれば納得した。
せめてもの良心でプリント類と資料は持ったが、後の重いものは全て政宗に押し付ける。不貞腐れたように文句を言いながらも政宗はそれらを持って廊下に出る。
「俺を顎で使おうとはいい度胸じゃねえか」
「政宗くんは本当に優しいな」
「今度飯奢ってくれよ」
「えー!」
「それくらいしてくれるよな、センパイ?」
褒めて有耶無耶にしようとしたが、さすがに引っかからない。懐は寂しくなるが仕方ない…と、頭の中で計算していたところで社会科準備室に到着する。担当教師の性格の表れか、教材はきれいに整頓されて小ざっぱりとした教室内だった。これは乱雑に置いて行けばまた怒られるだろうと、場所を確認しながら戻していく…のは政宗だ。
「おい、手伝え」
「そう言いながらやってくれるわよね、いい後輩を持ったわ〜」
「そーかよ」
少し拗ねたような返事が来て、おや、と驚く。後輩とは言え、随分と大人びているところがあるので、政宗ならいつもこれくらい受け流すところだ。なーに、怒ったの?茶化すように尋ねてみれば存外真面目な顔で政宗はこちらを振り返った。音を立てて地図はそのまま彼の手から離れる。ずかずかとコンパスの長い足がこちらへ近づいてきた。
「え、なになに。無言で来ないでってば…う、わ」
年下とは言え成長期の政宗は軽くわたしの頭一つ分くらい大きい。影が差して、ぎゅうと手首を握られる。叩かれると思い、反射的に目を瞑ったのがいけなかった。柔らかく、しかし乱暴な口付けが落とされる。キスの経験はない、けれど唇に押し当てられたものが分からないわけがなかった。
「な、なん……」
「自分が先輩だから、俺が後輩だから、こうなるとは思わなかったか」
政宗の言葉にハッとなって気づく。先程彼が怒った理由がなんとなく分かった。でもまさか、という思いがある。それを更に指摘され、自分を恥じた。
が、政宗はそれすら待ってくれないらしい。思考が追いつかないままに、制服の下から潜り込む彼の侵入を許してしまった。
「ちょっと、まさむ」
「アンタは俺の下で可愛く鳴いていればいいんだよ、you see?」
瞳の奥底に見える獰猛な雄と、舌なめずりする笑みからちらりと見える犬歯がわたしを食らおうとしているのが見える。ここは学校とか、先生が来るとか、そう言った常識が彼の濃厚な口付けによって麻痺されていく。
何より悪くない、と思っている自分がどこかにいて。政宗に好きだよ、と伝えたらどうなるだろうと頭の片隅で考えたのだった。
(110804) 五十鈴さんへ!