教室に入った瞬間から、妙な違和感を覚えた。いつも通りの朝の風景、談笑し合うクラスメート、先生の掛け声と共に席へ着いて、ホームルームが始まる。その引っかかりが表面化したのは昼休みだった。

桜子?どこ行くんだ」

弁当の入っていると思われる手提げ袋と共に教室から出て行く桜子の姿を元親は見とがめた。息を詰まらせたように固まった桜子を見て、ますます不審に思う。"どこへ"という投げかけの前には、暗黙の"彼氏の政宗を置いて"が挿入される。桜子と昼食を取ることが日課である政宗は、そ知らぬ顔で幸村や慶次らと話していた。
あの違和感は、桜子と政宗が会話をしていないことからきていたのだろう。うっとうしいくらいに引っ付きあう二人がこうも仲たがいにあることが元親は不思議でならなかった。

「……ちかちゃん、ちょっと」

ここで話すのは憚られるらしい。元親の袖を引っ張って、桜子は人気の無い屋上へと繋がる階段まで来た。並んで座るも、しばらく沈黙が落ちる。遠くから響いてくる生徒たちの笑い声がやたら耳についた。桜子は俯きながらもようやくぽつりぽつりと事情を話し始める。

「政宗が浮気してたの」

どうも偶然、桜子は街中で女性と連れたって歩く政宗を目撃してしまったようだった。それも目が合ったというのにその後弁解も何もない。とうとういたたまれなくなって、教室から出たそうだ。
段々言葉にするとつらくなってきたのか、堰を切ったようにぼろぼろと桜子の瞳からは涙が零れ落ちてくる。少し短くされたプリーツスカートに吸い込まれてじんわりと広がった。

(あの、政宗が?)

俄かに信じがたい思いだったが、なるほど言われてみれば思い当たる節がないわけでもない。同時に元親の中では激しい怒りが渦巻いていた。
それというのも他ならない、元親は桜子に思いを寄せているからだ。誰にも知られないようにそっと思い続けてきたことだから、彼女も、周りの者も気づいていない。自分がどれだけ涙を飲み、二人を祝福してきたのか。今まで耐えてきただけに、弱みにつけこむようだがもう我慢ならなかった。

(これくらいは許されるよな)

皺ができるほどに握り締められた桜子の手に自分の手を重ねた。優しく包むように触れてやる。

「うっ…ちかちゃん…」
「、と」

大胆にも桜子が胸に飛び込んできた。しばし硬直したものの、ゆっくりとその背に手をまわしてやる。嗚咽する桜子を宥めるようにぽんぽんと頭を撫でた。

「大丈夫だ、お前には俺がついてっからよ」

その時、彼女の肩越しに元親は政宗を見た。心配しに来たのだろうが、わずかに遅かったなと視線で物語る。そうしていとおしげに桜子を見つめた。


(120218) ゆうさんへ