かんかん照りのプールサイド、大会が終わったというもののまだ夏は終わらない。補習が長引いたせいで、大幅に遅刻してしまった。
「おはよ〜」
「さ、佐助、遅れてごめん!」
同じコースをいつも泳いでいる佐助がこちらに気づいて手を振った。慌てて駆け寄ると、今日のメニュー三分の一を既に消化してしまったらしい。がっくりとして肩を下ろす。
「まあのんびりして来なよ。アンタの旦那さんが来てるぜ」
「えっ?」
我ながら間の抜けた声が出たものだと恥じらいながらも、佐助の指差した方向に顔を向ける。管理室で少し拗ねたように口を尖らせる男がひとり。現在お付き合いして十日目の長曾我部元親くんだ。あれから下校時によく会うものの、こうしてまた婆娑羅高校のプールに元親くんが来るのも久しぶりである。どうしたのかしらと不思議に思いながら管理室のドアに近づくと、こちらがあけるよりも早く開いた。
「う、わ、とと…!」
勢いよく腕を掴まれて中に引き込まれる形で、床に転がる。お世辞にも柔らかいとはいえない敷き詰められたマットで呆然として、犯人である元親くんを見上げた。相変わらず眉間に皺が寄ったままである。
「ど、どうしたの元親くん」
「どうしたもこうしたも、折角遊びに来てやったのに他の男のところへ真っ先に行かれたら立つ瀬がねーじゃねえか!」
ああ、だから拗ねていたのかと納得がいった。分かりやすい嫉妬心に苦笑しながらも、心のうちに閉まって素直にごめんねと謝る。
「…ったく、かなわねぇな。しゃあねえ、許してやる」
「ははー!ありがたき幸せ」
「あんまり調子こいてると、襲うぞ」
「それはご勘弁願います」
途端にいつもは向日葵みたいな元親くんの笑顔が、悪巧みを考え付いたにやりとした笑みを浮かべた。嫌な予感がすると思わず後ずさるが生憎と狭い管理室ではすぐに壁が背中に来てしまう。
「折角だから俺が手取り足取り、柔軟体操のいろはってやつを教えてやるよ」
「い、いえいえ結構です。お気持ちだけで充分…」
「遠慮するなって」
のっしと体重をかけてわたしの背の上に乗るものだから、仕方ないと観念して力を抜く。せめてジャージを羽織っておけばよかったと思ったが後悔先に立たず。
「ゆっくり深呼吸しろよ」
低い声がやけに近くで聞こえる。肌越しに伝わる元親くんの体温にドキドキしながら、彼の為すがままに委ねた。最初は腕、次に足、付け根のほうまで大きな手のひらに触れられると堪り兼ねて元親くんの体を蹴る。
「いって、あにすんだ!」
「ちょ、調子に乗らないっ」
「おいおい自意識過剰なんじゃねーの」
首だけ振り返ると、からかう声とは対照的にひどく真顔で、そのくせ瞳は射抜くように強くギラギラと野生的で。なんだか急に怖くなる。慌ててもういいと距離を取ろうとしたが、仰向けになったところで両手が顔の脇に置かれて、やんわりと阻まれる。そのまま吸い込まれるように情熱的なキスが降ってきて、練習前に何やってるんだろうと頭は冷静に考えながらも、甘受してしまう。
「これ以上遅れたって今更だよな?」
ハァと色っぽいため息をついた元親くんの顔が首筋に埋まり、捕まってしまったと瞳を閉じたのだった。
(111122) のいちへ
後ほどこってり佐助に叱られたことは言うまでもない。