少し早めに着いてしまっただろうか。そわそわしながら先日買ったばかりの腕時計を眺めた。休日の昼間だからか人通りの多い駅前で、彼の姿を探しつつおかしなところはないだろうかと自分の服装やメイクをチェックする。いつもより早起きをし、時間をかけて入念に準備したから抜かりは無いはずだ。
紆余曲折を経てついに出来た彼氏との初デートである。勝負とも言える日に気合を入れるなというほうが無理だ。
「!」
パァと顔を輝かせて改札から彼が手を振る。名前を呼ばれてドキドキと緊張しながらも手を振り返した。ごめんね、待った?ううん、今来たところだよ。立場は逆転しているものの恋人らしい言葉を交わせて、ああ、付き合っているんだなあと実感が湧く。幸せな気持ちでいっぱいになりながら約束していた映画館に向かおうかと二人歩き始めたときだった。
「待たせたな」
立ちはだかった見覚えのある男に、顔面蒼白になる。聞こえないフリをして彼の手を引っ張ったが、今度は「どこへ行くんだ?」と名指しで呼ばれてしまった。観念して向き合う。
「これから彼と二人で出かける予定なので手短にお願いします。何か用ですか、伊達政宗」
内心ではこの男は何をするつもりなのか不安でたまらない。隣の彼は不審げにわたしたちを交互に見るのでますますいたたまれない気持ちになった。
「そいつァ、好都合だ」
にやりと犬歯を見せて笑う悪魔のような男に、嫌な予感がして後ずさる。やっぱり耳を貸すんじゃなかったと、彼の腕を取って行こうと言う。しかし後ろから降ってきた言葉に再び足を止めるハメになった。
「彼氏を差し置いて他の男と逢引とは、ちーっとおいたが過ぎるんじゃねえか?」
ああ、こいつ!してやられたという顔をどう受け取ったか分からないが、途端にバッと彼から手を離された。お互いに予想していなかった行動だったようで、あ、と切ない表情を彼も浮かべている。そのまま何も言わずに彼は立ち去ってしまった。延ばした手が行き場もなくそのまま垂れ下がる。
そして徐々に湧き出た怒りのまま政宗をキッと睨んだ。
「どうしていつもそうなの!?根も葉もない嘘で人の恋路の邪魔をしないでちょうだい」
「いいじゃねえか、どうせ付き合う予定なんだ」
「アンタの勝手な人生プランに巻き込まれるのは迷惑だって言ってるの」
また逃げられてしまった、大きなため息をつく。そう、幾度と無くわたしは政宗の妨害を受けてきた。ようやく彼の目を盗んでこつこつと築き上げてきた関係も一瞬にして崩れ去ったいま、振り出しに戻ったわけである。
「いい加減諦めて俺のものになりな」
「冗談でしょう」
「そういう気の強いところ、嫌いじゃないぜ?」
そう言って政宗はわたしの手を無理矢理引き寄せて、恋人のように一本一本指を絡ませる。
「おまけに今日は随分とかわいくめかしこんでいるじゃねえか。それが俺のためだったらもっと喜んだんだが…まあ、今日は多めに見てやる」
「ちょっと、どこへ連れて行くつもりよ」
「映画、見るんだろ?もう予約してある」
ポケットからチケット二枚を出されて、相変わらず抜かりないやつだと呆れた。と、同時になんだかんだで政宗にほだされている自分に気がついてどうしようもないと思ったのだった。
(110831) ケイさんへ!