わたしは彼の妻でありながら、同時に所有物であった。彼が骨董や珍品を収集するのと同じように、わたしは彼のお眼鏡に適っただけ。飾り立てられた収集物(コレクション)のひとつ。
「君は本当に人形のようだ」
よく夫はそう言ってわたしを壊れ物のように愛でる。そこには人間に向ける愛はない。所謂物欲というものだけが存在していた。
それをわきまえ、わたしはひたすら感情を殺し、彼の妻として役割を果たす毎日が続いた。次々と増えていく収集物の中に埋もれそうになりながらも、わたしは彼のお気に入りであり続けた。最も彼の興味は移ろいやすい。ときどき忘れられ、思い出したように目を細めて彼はわたしを見る。
「欲しいものはないのかね?」
ある夕餉の時分、久秀は妻に尋ねた。人間としてあるべき感情を彼女が表に出すことは思い出す限りない。自分の要求を受け入れるだけの妻を、久秀はときどき彼女も人間だと思い出す。
「欲しい、もの」
それならばもう手に入れていた。彼との生活だ。強いて問われるならば、この生活が千代に八千代に続いていくことが願いだ。かといって欲しいものを言ってしまえば彼のことだ。途端にわたしを人間に戻す。わたしは人間ではないから彼の側にいられる。
「特には」
つまらなさそうに久秀はそうかと応えた。会話は終わる。いつもの静けさが少しだけ居心地の悪いものになった。
アンタはそれで悲しくはないのかい?
以前風来坊に言われた言葉を思い出す。悲しい、ということすら久しく忘れていた。いよいよ自分も人間離れし始めたものだ。ふ、と数年ぶりに浮かべた表情が自嘲である。
「ああ、そうだ。ならば今度手土産を持ってこよう」
「またお気に入りを見つけたのですか」
「なかなか骨の折れるものでね。だからこそ手に入れたときは一入のものだが」
空になった有田焼の椀をしげしげと久秀は眺めながら呟いた。
それから数日して久秀は竜の爪とやらを妻に与えた。刀なんぞ貰っての仕方がないので、床の間に飾ったのだがどことなく落ち着かない。なにやらわたしは刀から嫌な予感がした。
それは見事に的中し、久秀は追い詰められることになる。
「私は自分のものを何一つ彼等にやる気はない」
「はい」
「なに、八熱地獄でまた会えよう」
「……はい」
パチンと久秀の指が鳴った。大きな爆発音とともに夫ともに過ごした屋敷も燃え落ちる。彼の物欲は最後まで凄まじかった。
わたしは彼の所有物として、収集物のひとつとして、生涯を終える。不思議と死への恐怖はない。むしろ幸福であった。
執着心は地獄へ堕ちると古来より言われている。それがどうしたのだろう。わたしは久秀様に執着し、そのために牛頭馬頭の火の車に誘われるとしても何ら悔いはない。
わたしを最後まで人間たらしめたものは唯一この執着心だったのではないか。それならばわたしが人間として生まれたのも満更でもない、と最後の微笑み夫に向けたのだった。
(110622)
よく分からないものに… 収集物と同じ妻というテーマで、ズレた愛の形を書こうとした結果がこれだよ