「気分はどうかね」
コツコツと実に小気味のよい靴音が、この薄暗い拷問室へ降りてくる。繋がれたままの鎖がわずかに音を立てた。気だるげに男の顔を見上げ、胸元に光る三つの桜星に目を留めると微かに口元を歪める。
「これはこれは…御昇進目出度き松永師団長閣下直々にご足労頂けるとは痛み入ります」
慇懃無礼な物言いが癪に障ったらしい諜報隊の男が鞭を振り下ろそうとしたが、松永はそれを制した。代わりにその鞭を取り上げて、獄に繋がれている彼女の顎をそれでくいと持ち上げる。
「そうか、君と別れたのは去年の秋だったかね」
「……師団長閣下?お知り合いですか」
「おや。卿も何度か会っているだろうに」
不審気に尋ねた男が再び女をまじまじと見る。松永は静かに枷を解いてやるように指示した。そうして手足が自由になったところで、埃を払い、髪を整え、ようやくそれらしい人物になる。
「大隊長殿!」
先ほど松永が口走ったまさに去年の秋から特別任務を割り当てられ、しばらく姿を消していた渦中の人であった。自分よりも高官であると気づくや否や慌てて男たちは礼を取る。まさかいざ拷問しようとしていた相手が松永腹心の部下と知り、彼らは傍から見てもかわいそうなくらい顔面蒼白で動揺しているのが手に取るように分かった。
「さて、報告は何だったかな」
「斥候隊が不審人物を捕捉し、敵の間者方である線が濃厚と…」
「では麗しい大隊長殿のご帰還と書き換えておくように。それと、後片付けはしっかりやり給えよ」
松永はいつもと変わらぬ笑みを湛えて、を伴い部屋を後にした。二人は松永の執務室に到着するなり熱い抱擁と激しいほどの口付けを交わす。一通り満足し終えたところで、松永はふっといとおしげにの輪郭を撫でた。
「それで?収穫はあったかな、間諜殿」
「もう二度とごめんよ…特に海軍、衛生面がまるで駄目」
「君ほど苛烈な女性がいては彼らもさぞかし大変だったろう」
「ちょっとどういう意味、それ」
の睨みに怖い怖いと松永が嘯く。そういったやり取りでさえ久しぶりのことであったから、は目くじらを立てずに疲れきった様子でソファに体を預けた。はしたなく窮屈であったブーツを放り投げて、襟元を緩める。
それをどう受け取ったのか、間違いなくいかがわしい方面であろうが、松永は腕の中に彼女を閉じ込めるようにして手をついた。
「……松永師団長閣下」
じろりと好色な彼を嗜める。が、勿論意に介さない松永はゆっくりと自身の手袋をその口で脱がしていった。獣が舌なめずりするようだ、とはひどく億劫そうに評する。どうやらどこにいても身の危険は去ってくれないようだ。それならばいっそ、と彼の首後ろに手を回す。
「観念したようだね」
「貴方に呆れているんです」
(120207) まっふーへ!
師団長/中将
大隊長/少佐
title.亡霊