小さな村が瞬く間に業火へ包まれていく様を、ただじっと見つめた。夜盗たちが次々と村にある物資や金品を漁り、若い女を手篭めにしていく。先頭だって火を付けた本人は随分けろりとしたもので、有象無象に群がる彼らを面白そうにじっと眺めていた。
斉藤家の諜報として男装をしてここ数日彼らに同行している。分かったことと言えば、まだ若いが頭と思われる男は随分と性質が悪いということ。物だけに限らず人にまで執着心を燃やし続け、虎視眈々と付け狙い、手中に収めてからは愛で、そうして最後にはあっけなく捨ててしまう。それから彼の言葉は悪意に満ちているというのに、そのくせ人の本質を見抜き、つけいるのが上手い。

「卿はあのように女性(にょしょう)を取らずともよいのかね?」
「ええ、まあ…特に困っていませんから」

突然話しかけられてびくりとする。しまった、接近しすぎたかと己の行動を悔やむ。
頭である男、皆は弾正と囃し立てていたが、このご時世位を詐称するものは上から下までよくいるものだ。弾正は付近に落ちていた女童の落としたと思われる人形をそっと拾う。くるくると手の中で弄び、それからぱちりと消し炭になるまで燃やしてしまった。

「そうだね、卿からは何を貰おうか」
「は?……何を」
「いや、労いを贈ろう。そろそろ休息が必要だろう?」

バラバラとこの身に何かが降り注ぐ。硝煙の臭い…火薬だ!即座に条件反射で体が動いた。すさまじい爆発音と共に火の粉が撒き散らされる。爆風に煽られたが咄嗟の受身で致命傷はなく、軽度の負傷で済んだ。狙いすましたかのように火の粉は点々と服を燃やし、もはや正体を隠すことは出来ない。

「おや、これはこれは…随分可愛らしい間者が紛れていたようだ」
「くっ」

すかさず懐に忍ばせていた苦無を投げつける。弾正は涼しい顔で、一歩も動かずに剣で薙ぎ払った。迂闊に近づけば先ほどの二の舞だ、飛び道具で応戦し、じわりじわりと後退させてゆく。

「なるほど、優秀なようだ。どうだね?私のところでその腕を振るってはくれないかな」
「お生憎様!中味がお子様な人間に仕える気はないの」

彼の背後から騒ぎを聞きつけた夜盗供がやってきていた。ここらが引き際かと煙幕をぶちまける。

「また会おう、斉藤のくのいち」
「!?」

弾正の声が高らかに聞こえた。まさか、彼は既に気づいていたというのか。
知られたからには殺しておきたかったが、多勢に無勢では詮方ない。いずれにせよ彼が言うとおり、近いうちに会うときがやってくるだろう。


だが、それは思ってもみない形で訪れた。斉藤家はしばらくして織田家に吸収されることになる。しかし主であった竹中半兵衛様は信長に下ることをよしとせず、豊臣秀吉側へとついた。
半兵衛様としては織田家の動向からは目が離せないため、今度はそちらへ潜伏することになる。

「松永弾正久秀…ですか?」

弾正と言えば忘れもしない、あの夜盗頭の男。織田家は悪党の巣窟と言って差し支えないほど恐れられているが、よもやあの男も目を付けられて召抱えられたのだろうか。そう思ったが身辺調査をする内に、教養人と謳われ、人を惹きつける魅力があり、女性に多大な人気を持っているという人物評に、かけ離れたものだと思った。ただ出自については謎が多く、本人も食えない男らしい。
織田家を見るだけではなく、これから台頭しそうな気配のある松永久秀の下へ行けとの半兵衛様の仰せに勿論頷いた。
以前は男装も見破られたので、今度は女中として松永の居城に潜入する。彼の注文はやたらと細かかった。女中頭もその期待に応える人で何かと厳しい。全て取り仕切るために、松永久秀との接触はなかなか図れなかった。それでも城勤めの小姓や武将から戦の情報を聞き出す。
こうして三ヶ月が過ぎた頃、松永久秀からお呼びがかかった。つまりは彼のお手つきになるということで、この人も例外に漏れず好色な男らしいというのが感想だ。それはそれで都合が良い。閨での問答は相手も油断しやすく、ついつい愚痴になって情報が取れるというもの。

「失礼致します」

三つ指ついて寝間を訪ねた。入れ、というしっかりとした低い声が誘う。そっと襖を開き、書き物をしているらしい後姿の松永久秀をこの目でようく見た。それが、どうにも驚いたことだが、あの夜盗頭と重なる。それよりは落ち着いた風格があり、まさに城主といったところだが。

「さて、ずっと考えていたのだよ」
「……あなたは!」

ゆっくりと松永がこちらを振り向いた。見紛うはずもない、あの時の夜盗頭である。まさか、そんな、どうしたら?じりりといつでも逃げられる態勢に切り替えた。顔が割れているため今更言い逃れも出来ない。

「どうしたら君を手に入れることができるのかと思っていてね」

松永は着流しで、帯刀すらしていない、まるで無防備なはずなのに。この威圧感はいったい何なのだろうか。知らず知らずに冷や汗を流している自分に気づき、改めてこの男を畏怖した。

「死か、生か、君はどちらが欲しい?」

彼に膝を屈するまで、あと―――


(120221)