足音を立てぬようにそっと抜き足差し足で廊下を歩く。月明かりの晩、まったく人気のない廊下、これこそ好都合だとほくそ笑んで部屋から抜け出している最中であった。
戦を終えて皆は宴で盛り上がっているというのにわたしだけ除者とは政宗様もひどいことをしなさる。そっと曲がり角の先を覗くと女中が忙しそうに動いていた。襖が開いている部屋には男たちの騒がしい声が聞こえる。しめしめと思って飛び出そうとした時だった。

「姫様?」
「…げっ、こ、こここ小十郎」
「まさか宴に参加なさろうとしているのではありませんね?」
「あ、あら奇遇ですのね、わたしはちょっと御不浄に…」
「おなごがそのようなことを言うものではありません。それに姫様のお部屋の近くにもありましょう。嘘は感心しませんな」

さあ戻りますよと、にっこり微笑んで肩に手を置く小十郎に逆らえるはずもなくしぶしぶ連行された。本当に解せない。わたしだって皆と騒ぎたいし、共に喜びを分かち合いたいというのに。
このまま泣き寝入りというもあまりに癪だから、小十郎も巻き添えにとひとつお願いをしてみた。

「せめてわたしが寝るまで昔みたいに物語を聞かせて?」
「子供のようなことを」
「ええ、どうせ宴にも行かせてもらえない子供ですよ」
「…仕方のないお方だ」

少し咎めるように拗ねてみるとため息をつきながら小十郎は、本を持ってまいりますと一度退出した。昔から小十郎はわたしと政宗様に甘いのはよく知っている。兄上には厳しいけれど。
明かりを灯して、枕もとの近くで小十郎は飽きるほど聞いた竹取物語を読んでくれた。低くて柔らかい声にうとうとと瞼が落ち始める。ぼんやりと真剣に書物を見る小十郎の横顔に見とれた。本当に端正で綺麗なお顔だと改めて思った。

「眠くなりましたか?」

視線に気づいたのかふっと小十郎は顔を緩めて尋ねてきた。まだ、と首を振ると大きな手のひらが優しく頭を撫でてくれる。その手をぎゅっと握りしめてみた。男の人の大きな手、剣を握る職業柄か骨ばっていてまめの痕もあった。

「たまには添い寝をしてよ」
「……姫様、それは承知しかねます」

困ったように笑ってお願いをかわそうとするが、そうは行くものかと手を離さない。小十郎が傍にいるととても安心するのだ。それに宴へ戻したくはない。

「まったく子供なら子供で聞き分けなさい」
「わたしはもう大人です!」

先ほどのことを引き合いに出して叱りつけるように言うものだから、むっとして言い返す。その言葉に小十郎はわずかに眉を顰めた。怒らせてしまっただろうかとそれに少し不安になるが、じっとお願いするように小十郎の目を見る。

「大人ならばなおさらこのようなことを言わないでしょう」
「どうして?きっと誰も咎められやしないわ」
「そういうことではなく…姫さまは分かっていませんな」
「だったら教えてよ」

そう言うとすごい力で起き上がっていたわたしの上半身は布団に押し戻された。視界は表情のない小十郎と天井だけ。

「男はすべて狼だということを教えて差し上げましょう」

低く、家臣だった男はそうつぶやいた。


(091001)

最後の言葉をやくざ口調で小十郎に夢で言われたんだ…本当に。余談ですが姫様は成実の妹君という設定です。年齢的には高校生くらい。