わたしがそれまで築いてきたイメージが脆くも崩れ去った瞬間が、下校するとき校門に停まっていた黒塗りのリムジンを見たときだった。同じくして帰る学生や友達はひそひそと不審な目でそれを見ている。冷や汗が止まらない。なぜならわたしはその車の所有者をよく知っていているからだ。

(神様仏様、頼むからやつが話しかけませんように!)

縋るように祈りながらなるべく目立たないよう、バッグを盾に通り過ぎようとした。

「おい!俺を無視するとはいい度胸じゃねぇか」

そして即座にバレる。学生中に響き渡るような声で話しかけられて、肝っ玉の小さいわたしは今にも穴が掘れれば入りたいくらいだ。こうなればままよ、さっさとお引き取り願おう。

「ご機嫌よう政宗さん、なぜあなたのような方がここにいらっしゃるかわたしにはまったく分かりませんがきっと間違えたに決まっています。そうじゃないと困ります。ですからお引き取りくださ…」
「何訳の分からないことを言ってやがる。さっさと乗れ」

紳士的に政宗さんは車の扉を開けて、乱暴にわたしを座席へ押し込む。ひどい!あんまりだ!慌てて外へ出ようとしたら、しっかりと鍵がかかっていた。さては小十郎さんの仕業だな。運転席を睨むが本人は分かっているだろうに涼しい顔をしてハンドルを握っている。ガラスを叩いて出せと言うが、防音ガラスらしい。

「あの〜これはいったい…」
「どうかお気になさらず。紹介が遅れました、私は彼女と結婚を前提にお付き合いさせていただいている伊達政宗という者で」
「えっ、婚約者ってことですか!?」

なぜ今まで黙っていたと言わんばかりの目で友達から睨まれる。ち、違う!違うわけじゃないけど…とにかく違うのよ!
なおも政宗さんは営業スマイルの私口調で事情を説明し、彼女たちを帰らせることに成功した。どいつもこいつも…わたしの味方になってくれる人はいないらしい。

「物分かりのいい友人で助かった」
「警察に男がか弱い女子大生を拉致しましたって通報することが真の友達だと思います…」
「この俺がわざわざ迎えに来てやったのにその言いぐさ、おまえ本当にいい神経してるよな」
稀少生物でも見るような顔で政宗さんは足組みし、偉そうにふんぞり返った。実際に若くして伊達グループを取り締まる政宗さんは偉い立場にいるので文句のつけようがない。

「どこ行くんですか」
「まずはその締まりのねぇ服をどうにかしないとな」
「すみません、話がまったく噛み合っていないです」

小十郎さんに指示してリムジンが停まったのはいかにも高そうなブランドのブティックだ。わたしのような庶民が入るのさえおこがましく思うほど気後れしてしまう値段の服ばかり。
そんな高級服を政宗さんは無造作に取って、わたしと一緒に更衣室へ放り込む。
しぶしぶ服を脱いで下着姿になった。籠に放られた服を手に取る。よく見れば絹じゃないか、これ。手触りがさらっさらだ。おまけに着方がよく分からないドレスときた!
試しに、体に当て、鏡で自分の姿を見た。胸元がセクシーに開いていて、太腿がほとんど晒されてしまうほど丈が短い。これを着て政宗さんの前に出る自信がまったくない。

「政宗さん、無理です!こんなの着れません!」
「Ah…、ちょっとおまえには難しいやつだったな。待ってろ」

よかった、別のにしてくれるらしい。ホッとしたのも束の間、後ろのドアが開いた。パチッと鏡越しに政宗さんと目が合う。慌てて向き直り、ドレスで前を隠した。

「な、なな、なんで政宗さん入って来るんですか!!」
「別にいいだろ。どうせ俺しか見ないんだから」
「それが大問題です!」
「ぎゃあぎゃあ文句言うな、ほら万歳しろ」

体を隠していたドレスが奪われ、表面積の少ない手で隠す。

「…万歳したら見えちゃうじゃないですか」
「夫婦になるなら下着姿のひとつくらい構わないだろ」
「わたしが構うんです!」
「いーから万歳しろ」

無理矢理手を上に持っていかれる。まるで子供扱いだ。鏡に映っている自分の姿をみて恥ずかしいやら、情けないやら。
人の気も知らないで(いや知っててやっているかもしれない)楽しそうに口笛を吹き、後ろで紐を結ぶ政宗さんが恨めしい。

霰もない姿を見られて車に再び乗せられても恥ずかしくって政宗さんの顔をまともに見れなかった。だいたいこの際どいドレス(政宗さん曰わく悩殺☆セクシードレスだと)を着ていることがまず恥ずかしい。

「よく似合ってるぜ?」
「世辞はいいです…」「俺が見立てた女と服に間違いはない」
「どこからその自信が来るのかわたしにはまったく分かりません」

政宗さんに当てつけるようにムスッとして頬杖をつき、夜が近づく街並みを眺める。
政宗さんがわざとらしく肩を竦めたのが窓ガラスで見えた。そして車の中にもともとあった紙袋に手をつける。

「?」

少し興味があったので振り返ると、紙袋から出てきたのは細長い箱だった。中から眩くばかりのネックレスが出てくる。

「ほら、さっきみたいに窓の外眺めてろよ」

遠まわしに付けてやると言いたいのだろう。わたしはくすぐったい気持ちで、政宗さんのきれいな指が首筋に触れるのにドキドキしながら、ネックレスが留まるのを待った。

「これ…もしかしてたんじょ」
尋ねようとした言葉は振り返ると近かった政宗さんの唇に飲み込まれる。

「そのドレスによく映えるな」

ああ、だから胸元が開いたドレスを選んだのか。熱に浮かされた頭でぼんやりと思った。

次にリムジンが停まったのは高層ビル。政宗さんに手を引かれて、ドアマンを通り過ぎ、シャンデリアが美しいロビーに行く。

「予約していた伊達だ」
「はい、伊達様ですね。お待ちしておりました」

鍵を受け取って部屋に案内された。わたしはマンションの一室と思わせるほど大きな部屋にたまげる。高級感を漂わす家具に、皺一つないシーツのかかったダブルベッド。急にドキドキした。

「間もなくお食事を用意いたします」

言葉通りすぐに豪華な食事がテーブルを彩った。コポコポコポ、ワインがグラスに注がれる。スクリーンのように広い窓の眺めは絶景かな、と思わず言わされてしまうほどの夜景だ。宝石を散りばめたみたい、とはよく言う。

「ワイン、取れよ」

政宗さんは既にグラスを手に乾杯の用意をしていた。シチュエーションも政宗さんも完璧すぎて不覚にも涙が出そうだ。

「お誕生日おめでとう、君の瞳に乾杯、ってか?」
「最後の台無しです」

お互いに笑いながらワインに口づけた。


(100630)

ともりんへハッピーバースデー!