稲穂が金色に輝く秋の季節は情緒に溢れている。赤く熟れたように染め上がる紅葉を見るもよし、その光景を絵に書き留めるもよし、旬の秋刀魚を腹いっぱいに収めるもよし。日本の風情が所狭しと並んでいた。

「いつきちゃん、そろそろ休みましょうか?」
「そうだべな!」

ふう、と一息ついて土手に腰を落とす。首に巻いていた手ぬぐいで汗を拭き、詰まれた米俵に満足感を覚えた。今日はこのくらいでいいだろう。もうすぐ日も沈む。何より藤次郎様に内緒で来てしまったのだ。殿とその右目にお小言を言われる前に部屋へ戻っておかなければ。そう思った矢先だった。

「こんなところにいやがった」
「げっ…」

砂利道を偉そうに踏みつけながら歩いてくる男は紛れもない、伊達藤次郎政宗だ。怒りでギラギラと輝かせた目をこちらに向けて睨んでいる。まずい。これは非常にまずい。わたわたといつきちゃんにまた来ます、と告げて反対方向へ走り出す。

「逃がすか」

無駄な抵抗と相手を怒らせることと分かっていても条件反射で逃げてしまうのは仕方ない。武家の娘、ましてや藤次郎様の正室にも関わらず農作業を手伝う料簡を咎められることは必然だ。そしていくらお転婆に育ったからといって戦場で一騎当千を誇る独眼竜に追いつかれるのもまた必然であった。

「てめえはまた、身をやつして農民の真似事を!」
「へ、兵士にだって手伝わせて…」
「当たり前だ。春に備えるための兵糧に欠かせないことだからな。だがお前は別だ。俺の妻ともあろうもんが許すわけにはいかねえ」
「御国の基礎は農民でしょう?それを蔑ろにされることは許されません。わたくしめだって殿の御為に農民の気持ちと生活を知るひとつの社会勉強と」
「それを口実に習い事から逃げるのが関心しねえっつってんだ」
「あら、お分かりになりました?」
「…わざとらしい丁寧な物言いは慇懃無礼に等しいぜ」

まったくお前は、脱力して藤次郎様はともかく帰るぞとわたしの手を引く。近くには藤次郎様の愛馬が行儀よく待っていた。
もちろん先に藤次郎様が乗って、わたしをその前に引っ張りあげる。ちょうど彼の中にすっぽりと納まり、ゆったりと帰路を辿った。まだ刈り取られていない黄金の草原は夕日に照らされて美しい。目を取られていると藤次郎は再び先の話を蒸し返した。

「お前はそろそろ自分の立場を理解するべきだ」
「しつこい殿方は嫌われますよ」
「…あのなあ、」
「わたしたちは同じ人です。だいたいわたしは武家の娘に生まれとうございませんでした。このように縛られた生活など」
「俺だって望んでいなかったさ」

低く呟いた藤次郎様の声は辛い過去を滲み出すような物言いだった。嗚呼、この人も同じ思いだったのかと気づくが、それならばわたしの気持ちも分かるはずなのにと疑問も抱いた。

「お前の考え方は時代を進みすぎている、今の身分社会を突然根底から覆してみろ。混乱と混沌が溢れかえる。だったら郷に入っては郷に従え、だ。俺は覚悟をした。お前もそろそろ覚悟を決めろ」
「覚悟、ですか?」
「そうだ。自信の役目を立派に務めて見せろ」
「残念ながらわたくし習い事には飽き飽きでございます」
「もっと妻には妻たる相応しい役目があるだろう?」
「相応しい役目とは、」
「俺の伽役だ」

言われたことにぱくぱく口を開けて藤次郎様を見上げる。こ、この人はさらっと破廉恥なことを…!反論したいのだが上手く言葉に出来ない。それほど恥ずかしい思いでいっぱいだった。確かに輿入れをするときに、まだ心の準備が出来ていないと先延ばしにさせていただいたがいつかはそういう行為に及ぶだろう。

「俺は待った。十分待ったぞ、もう用意は出来ていると思うがな」
「ま、まだです!」
「残念だ。俺はもうお前がふらふらいなくなる生活に飽き飽きしている」
「…!!」
「Diseide it.(腹をくくれ)」

嬉しそうに笑う藤次郎様が憎らしくてたまりません。ですが、愛しているのもまた事実なのです。


(100515)

最近会話分長いですね、これはこれで読みやすくていいのかなあ?やつす、というのは痩せるではなく目立たないように姿を変えるという古文単語です。