※「その八重垣を」の続編です。相変わらず佐助がひどいことと、死ネタが含まれますのでご注意ください


さあ、どう殺してやろうか。
圧殺?縊殺?殴殺?格殺?撃殺?絞殺?斬殺?刺殺?射殺?毒殺?爆殺?焚殺?暴殺?撲殺?捕殺?扼殺?誘殺?要殺?ああどれがいいか選ぶのも大変だよ。

狂気に孕んだ瞳を爛々と輝かせて佐助はこなたを見た。こちらの気配にも気付かずに佐助の視線を受けている男はどうやら自室で書を認めているらしい。簡単に殺すなどあってたまるものか、佐助は内心で毒づいた。だがこの男―伊達政宗は確かに、容易に殺せる人物ではなかった。それだけに佐助はこの危険性を十分理解していたし、政宗の強さも痛いほど戦場で知っていた。
けれどもやらないわけにはいかない。そっと懐に潜ませた苦無に指を走らせて、佐助は闇の中で唇を釣り上げた。待っててね、ひいさん。帰ってきたらたくさんかわいがってあげるからね。佐助は心底愛おしくてたまらないというように微笑んだ。


ばしゃ ばしゃ ばしゃ
戦場は文字通り泥沼と化し、乱戦を極めていた。時折雄たけびが轟き、激しく武器がせめぎ合う音がひっきりなしに聞こえる。
その合間を縫って逃げる男がいた。戦をよそに林の中に逃げ込むものの、刃をちらつかせて迫る男が後を追う。観念したように、いや誘い込んだともとれるが、逃げていた男は足を止める。その満身創痍なボロボロの体に後者の線は完全に消えた。

「最初は城内に噂を流した」

ざり、と追いかけていた男が濡れた砂を踏みこんだ。相手は息を落ち着かせるように浅い呼吸を繰り返している。

「次は膳に毒を盛った」

鋭い眼光に相手は息を呑む。全身に纏う怒気に足が竦みそうになった。それを叱咤するも一度覚えた恐怖をそう簡単には拭えない。

「いずれも失敗して最後は戦場に紛れて首を掻っ切るたァ、忍の極みだな。え?猿飛佐助さんよ」

追いつめられた忍の目には怯えが混じっていた。それをあざ笑うかのように伊達政宗は六つの刀の内半分を相手に突きつけるように前へ出す。それは随分と距離があるはずなのに、喉仏まで食い込むかのような錯覚に佐助は陥った。

(嘘だ、嘘だ、嘘だ、こんなはずはない、こんなはずでは)

十分政宗という男を佐助は知っているはずだった。そう、知っているはずだったのだ。それがどうだ。彼は佐助が考えていたことを遥かに凌駕して自分を追い詰めている。
噂などいともたやすく抑え込み、毒なんぞ毒見に調べる前に勘付いた。今まで追いつめたどの男の方法もこいつは撥ね退けてしまった。

「……っ!」

それでもひいさんをこんな男に渡せるわけがない、渡せない。余裕綽々の政宗に焦りを感じながらも、佐助は特注の手裏剣を構えて相手の間合いに入った。手がビリビリと痺れる。はっと気づいた時には龍の如き稲妻が自分の喉元を狙って放たれた。
雨が涙のように頬を伝う。一つ目の男が自分を見下ろしていた。その足元に縋るようにして手を伸ばす。気力も何も使い果たし、佐助は泥に伏せていた。

「なあ、頼むから…ひいさんを、俺から、奪わないでくれよ…」

喉から絞り出すような声だった。雨音にかき消されるほどそれは小さな、息絶え絶えの声だった。自分でもわかるほど死神が背後に迫っている。今まで殺してきた男たちの怨嗟の声が聞こえた。

「お前は多くのものを奪いすぎだ。その報いだろ?」

政宗の感情が見えない瞳に佐助は絶望する。力なく手が政宗の足から離れた。血が足りない、ひいさん、ひいさん、お願いだから、あのひと を おれか、らうばわな い、で …


ひた ひた ひた
廊下の冷たさに素足が凍る思いがした。政宗はそれに顔を顰めたが、部屋の中にいる少女に目を止めると顔を綻ばせた。彼女も自分に気づき、嬉しそうに笑う。

「I'm home.今帰ったぜ」
「お帰りなさい、殿」

婚約の話し以来に久々の再会だったものだから、嬉しそうに夫婦は抱き合った。そっと唇を寄せて、それから寄り添うようにして手の込んだ庭を眺めた。小さくにゃあという猫の声が聞こえて姫はそれを抱き寄せる。

「随分かわいらしい猫だな」
「ふふ、佐助と名前を付けました」
「…なせだ?」
「だって彼自身猫のようじゃありませんか。ふらふら、ふらふら、今回は随分と長い任務なのかしれませんが帰ってきません」

だから猫に名前を付けて怒られても文句が言えないはずです、と姫は口を尖がらせた。確かにな、と政宗も笑う。追いつめた時の猫が威嚇するかのように逆なでした姿は猫を思わせた。

(もっとも猫なんてかわいらしいものじゃなかったが)

心の中でそう思いながらも愛おしげに猫を撫でつけた。こいつに罪はないのだから。罪があるとすれば俺か、あるいは―人を食ったような笑みを浮かべる男を思い出して苦々しげに政宗は顔を歪めるのだった。


(100225)