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慎重に、音を立てぬよう、光の漏れた隙間から下を覗き見た。男はわたしに気づきもせずに背中を向けて机と向き合っている。ごくり…生唾をのむ。そっと胸元に潜めた小刀を構えた。 細心の注意を払って天井板を外し、一国の主に相応しい部屋へ降り立つ。武士らしく簡素でもあるが置いてある調度品はどれも値打ちが高そうだった。何より見たことのない南蛮物もあり、これが任務でなければわたしはじっくり観察しようと思っただろう。 もちろんその余裕はまったくなかった。里を飛び出し、初めて仕えた主に仰せつかった重要な任務…奥州の覇者、伊達政宗の暗殺。しくじるわけにはいかない。 畳を滑るように男へ近づいた。その綺麗なうなじ目掛け首を両断すべく振り上げた瞬間に「随分物騒な物を持ってるじゃねえか」男は言い放った。 伊達がわたしの存在に気づいていたことに動揺する。小刻みに震える肩は笑いをこらえている様子だった。羞恥を感じ、憤りが芽生える。 「…伊達政宗、覚悟!」 この際気づかれていたかいまいかどうだっていい。要はこの男を葬り去れば何も問題はないはずだ。 ところが振り上げた刀はまたしても男に突き刺さることなく止められた。大きな手が背後からそれを阻み、ぎり、と手首を力を加えられたまらず刀を落としてしまう。 畳に落ちた刀にわたしは暗殺が失敗したことを悟った。 それでも命だけは守らねばと抵抗するのだが、逆に羽交い締めにされてしまう。 「政宗様を狙うとはふてえやつだ」 低い声の男、おそらく竜の右目だろう。忍が背後を取られるなど一生の不覚だ。これでは主様に合わせる顔もない。 かくなる上は自害を、と舌を噛み切ろうとしたときに無遠慮にも指が口内に押し進んできた。紛れもない、伊達政宗の指だ。このまま引きちぎってくれようかと目の前に立つ男を睨む。 「そう熱烈な視線を向けるなよ」 「ほざけ、誰が」 「口汚え忍だな」 「っ…!」 「ほどほどにしとけよ小十郎。お嬢さん、あんたも女なんだからもっと言葉に気をつけな」 依然として伊達は指を出さない。ギリギリと後ろの手を締め付けられて骨が悲鳴を上げそうになった。 伊達はくつりと笑ってわたしの顔に自身を近づける。間近で見ると悔しいくらいにいい男であった。 「お行儀の悪いお客さんはお仕置きだ」 ああ、主様。わたしはどうやら竜の住処に落ちたようでございます。頬を舐める生暖かい舌に、観念をして瞳を閉じた。 (100112)