「Huhn?美しすぎて言葉に出来ねぇか?」

 いつもと変わらぬ彼特有の挑発であったが、その姿形が一変していた。はてさて目の前にきらきらとエフェクトがかった今時の女子大学生、略してJDは誰であろうか。は、ううんと首を捻る。
 ガーリーなブラウスにおじジャケでcoolに細マッチョな胸板と肩幅はカバー。加えて、ゆるゆるふんわりマキシパンツが彼の男らしいすね毛をすっぽりと隠す。値段はいくらなのだろうか、ヴィンテージの小物ひとつひとつが高級感を演出していた。
 それから、一日にして伸びたようなロングのウィッグ。少し色素の薄い茶色の髪色と何ら見劣りしないため、わざわざそれを選んで購入したのだろう。ヘアアイロンで時間をかけて巻かれたウェーブが小憎らしい演出をしている。
 極めつけに化粧。肌が白いため下地だけ塗ったナチュラルメイクに、天然まつ毛に青いマスカラ、アイシャドウ。前衛的ながらもどこか上級者を感じさせる。
 実際冒頭の彼の台詞通り、元もとの素材が美しいため違和感さえ消してしまえば、モデル顔負けのスタイルと美貌を誇る女性へと早変わりしてしまうのだ。

「ど、どうしたの、政宗くん……」
「昨日言っただろ?」

 昨日、とは。混乱から未だ抜け出せないだが、必死で記憶の糸を辿る。
 ささいな口論があった。つまらない政宗の小さな嫉妬心から、売り言葉に買い言葉。何がどうしてこうなったのか、最後に政宗が言い放ったことは「俺が女なら絶対におまえよりモテる!!」であった。だいたい流れは想像がつくものの、思い出したくも無い。

「つまりそれを有限実行してしまった、と。どうやって調達してきたのそれ…」
「小十郎に全て揃えさせた」
「うわあ……」

 あのただでさえ強面の小十郎さんが、カタログとしかめっ面して手配したことが容易に想像出来て虚しい。

「Hum…そうだな、俺が姉でお前が妹だ」
「何の話デスカ?政宗くん」
「今日のデートの配役に決まってんだろ。行くぞ」
「ワォ、これが言葉のドッジボール!」

 ずるずると腕を引きずられて自宅を出ると、黒塗りのベンツが待っていましたとばかりに停車していた。ご近所さんの目が痛い。全力で逃亡を図りたいところだが、どうせ捕まるならば大人しくしておいたほうがまだ目立たない。経験上それが分かりきっているため、素直には従った。
 それに、きっと好奇心もあったのだ。実際政宗がどれだけモテるだろうかと。いくら綺麗だ美しいといったところで彼は列記とした男である。注視すれば疑う余地があるくらいにそれと分かるはず。なにより彼と喧嘩していた手前、後には引けぬ状況だった。女が男に、彼女が女装した彼氏に負けていいはずがない。

 ―――そう、あってはならなかったのに。

「お姉さん、何してるの〜?」

 政宗が男を釣るならさもありなんと選んだのは駅前、某待ち合わせ場所。何気ない会話を交わしながら(実際は誰が寄ってくるかと予想)ちらちらとあたりを伺うこと数分で、いかにもチャラそうな三人組が声をかけてきた。
 ついに審判の時が…、は緊張で変な汗が首筋に流れる。

「かわいいね。なになに女子会?」
「いえ、姉妹です」
「ヒュー 俺らも混ぜてよ〜」

 隣に済ました顔で座る政宗を男とも知らないで、色目を送る哀れな男たちよ。それにしたって、男と悟られぬようぶっきらぼうに言い放つ政宗の敬語は貴重だ。ある意味この状況を楽しめてきただが、劣勢の旗色には納得がいかない。
 そののむすっとした表情を、おめでたい男達は都合よく解釈して話しかける。

「妹チャンも、かっこいい彼氏欲しくない?ね?」
「あっ、オレ立候補しちゃおうかな!」

 既に数倍かっこいい彼氏がいるなんて言えない。心なしか攻め立てるように、例の悋気持ち彼氏が睨むけれども、自分が招いた状況である。ここで色よい返事を送り、数で勝とうとはとびっきりの猫撫で声で「やだ〜、本当ですか〜?」と笑ってみせた。オエーげろげろ。

「それじゃあ、俺はこのお姉さんと…」
「あ〜、そうやってまた美味しいところ持っていくんですから」
「先輩ずるいッスよ」

 どうやら主犯格の男は政宗狙いのようであった。いや、おそらくこの後輩二人もそのようだろう。この台詞だけで政宗の勝利が決まったようなものだった。しかし、政宗は勝ち誇った顔をするどころか心底不愉快そうに、近づいてくる男の手を振り払う。
 そういえば、ナンパされるまで成功したものの、どうあしらえばいいのかその後のことはまったくノープランであった。両脇を二人の男に固められてどうしたらよいのか、は内心焦る。ある面では、数で勝っているというのにまったく嬉しくない。

「お姉ちゃんと離れて寂しい?」
「えっ あ、あの… 近い……」
「あれあれ、声が小さいよ?どうしたの」
「だ、だから、近いってば!」
「あぁ?なんだよこのアマ、萎えるわ〜」

 チャラ男の沸点が低いところがまた怖い。突然キレられてどうしたらいいのか、もはや涙目になってきたがおろおろと視線を彷徨わせる。それをいいことにもう一人の男が、逃がさないとでも言うように後ろから両肩をがっちり掴んできた。「ひっ」と小さな声が漏れる。機嫌をよくした目の前の男がの腕に手を伸ばしてきたそのとき、視界の端から鋭い拳が飛んできた。
 クリーンヒット、一発KO. 男は綺麗な放物線を描いて地面に叩きつけられる。通りすがりの人がどよめいて、喧嘩か?と呟いた。

「人様の彼女に手を出そうとはいい度胸だ。覚悟はいいか?」
「……は?」

 チャラ男にしてみれば、このお姉さん何を言っているんだ、だろう。それとも気が触れたか?もしかして近親相姦の上にレズ?といった感じか。目を点にして、今しがた殴りつけた政宗を見上げている。

「オ、オイ…お姉さん…?」

 政宗をナンパしていたはずの男が戸惑いながらも呼ばうと、怒りの矛先は彼にも向けられる。

「だいたいてめぇの目は節穴かよ。俺の女を前にして男に靡くなんざァ、喧嘩売ってんのか?」

 言っていることが滅茶苦茶だ。手を出されることも不満、かといって選ばれないのも不満らしい。わがままな男ではあるが、それだけ大事にされていると思えば嬉しいことだった。
 仕方が無いから、あの男どもが半殺しになったところで止めてやろう。そうして今度は男に戻ってもらい、仲直りのデートをしてやろう。誰よりも焼きもちやきの彼氏のために。



(120831) よねちゃんお誕生日おめでとう!

リクエスト「おしゃれな今時の服きてカツラ被ってメイクして美女になった政宗とお出かけして姉妹?ってナンパ男に間違われる話といい匂いがする政宗の話を下さい」でした。いい匂いは完璧に忘れていたので省きます、はい。