奥州のお城はいつになく賑やかだった。あちらこちらで浮かれた伊達軍は「無礼講だ!」と騒ぎ、ここぞとばかりに酒を飲んで飲まれて。その中心にいらっしゃるのが主役の政宗様だった。今日は政宗がこの世に生を受けた日。それを口実に祝宴だと周りが囃し立てているような状況だった。本人も分かっていてその様に苦笑しながらも、酒を飲む手は止まらない。

「お注ぎいたします」
「Oh…,わりィな」

今年伊達家へ結納してきたは夫にお酌を勧めた。満更でもなさそうにいつになく破顔しながらそれを受け取る。仲睦まじい夫婦の様子を遠目に伊達軍は温かいまなざしを送っていたが、突如として祝宴は悲しい幕切れとなった。

「……ッ!」
「政宗様?!」

なみなみと注がれた酒はひっくり返りながら盃が落ちる。それと共に政宗の体も前に傾いた。慌ててが体を支えるが、政宗は辛そうに大粒の冷や汗を浮かべて、ひゅうひゅうと浅い呼吸を繰り返している。即座に小十郎は酒に毒物が混入していたと悟り、匙を呼ばう。事態は騒然となり、宴どころではなくなった。政宗は寝室に運ばれて、しばらく生死を彷徨うことになる。
夕刻になって政宗の容態は落ち着いた。峠は越えたと匙は述べ、傍で看病を続けていた小十郎とはようやく安堵の息をつく。

「大方、間者が紛れていたんだろう…。犯人探しはまた明日からにして、様はお休みください。つきっきりで疲れたでしょう」
「ですが……」
「心配なのも分かりますが貴女様まで体を壊してはいけません。小十郎がついています、ご安心ください」

それならばとも安心して下がろうとしたときに、蒲団の間から伸びた手がそれを阻止した。

「政宗、様?」

気づかれたのかと、驚いては駆け寄る。案の定意識を取り戻したらしい政宗はうっすらと左目を開いた。そして体を起こそうとするものだから、小十郎は慌てて戻そうとする。

「…小十郎、しばらくと二人きりにさせてくれ」
「しかしお体の方が」
「頼む」

主に頭を下げられては困ると小十郎は渋々、一旦退出した。残された夫婦は互いに見つめあう。何はともあれとは先に口を開いた。

「お気づきになられてようございました。一時はどうなるものかと」
「クッ、随分無粋な真似をしておいてよく言えるな」
「……?」

政宗の非難めいた言葉には首を傾げる。

「この騒ぎ、アンタだろう」
「!!」

その意味を理解するや否やは懐から短刀を取り出した。させるまいと、政宗は彼女の手首を、六爪を操るその握力で捕まえて、短刀を落とさせた。

「いつからお気づきになっていたのです?」
「そうだな、嫁入りに来た日からこうなると分かっていたさ」

政宗の言うとおり、こそが毒を仕込んだ下手人だった。これはただの私怨から起きたものである。本来嫁ぐ相手先だった家はこの伊達政宗によって滅ぼされ、今に至るのだ。稀に見る恋愛結婚となるはずだった彼との幸せを奪われた悲しみをずっとは心のうちに育んでいたのである。

「ならば早くお切り遊ばせ」
「…どうしてそう死にたがる?その短刀も、俺を殺すためじゃねえ。自分の首に向けたな」

この計画が成功しようとしまいと死ぬことは前から決めていた。いつか殺してやろうと思っていた相手を愛してしまった己の不甲斐なさを恥じたためである。殺そうとしていた相手に言えるわけがない。はただ死を賜りたいと俯くばかりだ。

「俺はこれでもアンタを愛していた」

それは知っている。愛されなければ悩まされることもなかった。

「愛されていると思ったのは俺の自惚れか?」
「……わ、わたしとて」
「だったら」

いつの間にか緩んでいた政宗の手に再び力が篭り、を引き寄せる。

「これからは俺の為に生きて、俺を愛し続けろ。それがアンタへの罰だ」

嗚呼、貴方というお人は。どこまでも救いようがないほどに信じ続けるというのか、一度は裏切ったわたしを。
何故だか涙をおさえることが出来なかった。救いようがないほどに馬鹿なのはわたしだ。この暖かい手にもう一度縋り付こうというのだから。

「…はいっ!」

罪が許されるというなら、この罰を甘んじて受け入れよう。


(110803)
Happy Birthday for Masamune date.