ドンガラガッシャーン
おそらく漫画ならこれくらいの擬音で描かれたであろうほどの音が教室内で響いた。床に腰をついた男は頭を打ったのか、痛そうに顔を歪めている。側には倒れた椅子と転がった机。そして男をこれでもかというくらいに睨み、肩で息をしている女が仁王立ちしていた。男のほうがどうみても負傷者のはずなのだが、よく見れば女の制服は水に濡れ、ところどころ痣が見られる。
「アンタ、いつになったら学習するの」
呻く男に女は低い声で尋ねた。そうして頭を抑えていた手を、爪が食い込むくらい強く握る。無理矢理男を引き上げ、脳に叩き込むように、女は言葉を続けた。
「女を振るときにわたしの名前を使うなって言ったわよね」
「……わりぃ」
「謝って済むと思ってる?これ、どうしてくれるの。ねえ、政宗」
まだ雫が滴る袖を見せ付けるように突き出す。政宗は苦虫をつぶしたような顔をした。
政宗に女の噂は絶えない。本人は至って迷惑しているものの、次から次へと災難は舞い込んでくる。彼がそれに見出した打開策は、幼馴染の女だった。それを彼女に仕立て上げ、事あるごとに引き合いに出し難を逃れた。しかし一時しのぎに過ぎず、全てそれはに降りかかった。何もしていないのになぜ自分がこのような目にあわなければならないのか?が怒るのも無理はない。
「金輪際こんな真似したら許さないから」
思いっきりグーで殴り倒して、せいせいしたようには政宗に言い捨てた。「かすが、悪いけどジャージ貸してくれない?今日持ってなくて」「ああ」声が遠のいていく。政宗はロッカーにもたれかかったまましばらく動けなかった。さすがの慶次も仲介に入れずに、たどたどしく「だ、大丈夫かい、政宗?」と背中を叩く。それほどの怒りはかつてないほどに恐ろしかった。
「あいつ…いつになったら気づくんだろうな…」
「え?」
政宗は爪痕の残った腕をぼんやりとした目で見つめる。
女を振るときの常套句は決まってこうなのだ。
『好きなやつがいるんでね』
ただそういっただけなのに、相手の女は勝手にだと思い込む。それだけ周りから見れば俺があいつのことを好きなのが丸分かりだというのに、本人は全くそれに気づく気配すらない。
ずるずると政宗は凭れ掛り、ため息をつく。
「あーあ」
(110607)