あ、まただ。
部活動を終えた帰り。いつものように待ち合わせをしたわけでもないのに、元親と会ってそれとなく一緒に帰る。下駄箱に差し掛かったときに、柱の影からかわいそうなほどがちがちに緊張した女の子が笑顔に失敗しながらも元親に声をかけた。一度だけなら戸惑うが既に何度となく見た光景にうんざりしては「先に行くわよ」と元親に言い放つ。
「あ、おい」
焦ったような元親の呼びかけを無視して、乱暴に取り出した靴を地面に落とす。
別に元親とわたしは付き合っているわけではない。ただの友達だ、そうただの。だからわたしが元親を引き止める理由は何らなく、ましてや元親がわたしに後ろめたさを覚える必要もない。元親がちょっと、いやかなり顔がよくて、人当たりもよくて、女の子に告白されてしまうのは彼のせいではない。
だけど行き場のない感情が渦巻いて、怒りが降り積もる。誰のせいでもない、悪いとしたらきっとわたしだ。告白する勇気もなく、あの女の子たちのように振られたらどうしようと怯える弱い心。だからわたしはこのぬるま湯のような友情に甘んじて、彼の特別でいようとする。
ぽつぽつと小雨が降り始めた。わたしの意を汲みとってとうとう空まで泣いたのか。制服に染みていく雫を眺めて、余計に惨めで鬱々とした気持ちになる。
「こンの、馬鹿女!傘ぐらい差しやがれ」
「いった!!」
バシッと頭を叩かれて出そうだった涙も引っ込んだ。ぎろりと睨むと、途端に威勢のよかった元親がぐっと言葉に詰まらせる。
「な、なに怒ってやがる」
「あのねえ、誰だって頭を叩かれたら怒らないほうが難しいと思うわよ」
「叩く前から怒ってただろ」
わざわざ墓穴を掘るだなんて、この鈍感男。毒気を抜かれてため息をつく。
「…どうしてこんな男を好きになったのかしら」
「は?」
つい心の声が独り言のように出てしまったらしい。しまったと手で口を覆ったが、それも肯定しているかのようでもはや後の祭りだった。気まずい沈黙が落ちる。どうしよう、今なら冗談だったって間に合う?しかし怖いもの見たさのように返事が聞きたいというのもある。勇気を振り絞ってちらりと元親を盗み見ると呆けたように口をあけていた。え、なにその顔…
「おまえ俺のことが好きだったのか…?」
「は、はあああ!?」
「いやだって、いつも怒ってばっかりだろ。てっきり嫌われてるものだと」
「そりゃあ好きな男がほいほい告白されていたら普通は怒るでしょうよ!」
「そうなのか?」
「そうなの!!」
「そうか〜」
鬼の金棒を取ったようににこにこ腑抜けて笑う元親が憎らしくて、また怒ってやろうかと思ったけどぐっとこらえて「アンタはどうなのよ」と尋ねる。すると再びきょとんとした顔で元親は驚き、それから照れたように頭を掻いた。
「俺ァ、随分前から好きだったけどなあ。てっきり気づいてるものかと」
「え、えええ?どのへんが、分かるわけないじゃない」
「だってよォ。こんなに他の女からの誘いも断って、こうして一緒に帰っているんだから少しくらい気づいてくれててもいいもんじゃねえか…」
なるほど、言われてみればそうかもしれない。つまりお互いに勘違いをしていて、平行線を歩いていたわけだ。全てが分かってしまえばそれはもう分かりきったほどのアプローチを受けていたことに気づいて、顔から火が出るほど恥ずかしくなる。
「ま、これからはカレカノっつーことで、よろしく頼むぜ」
なによりこの小憎らしい男が太陽みたいに笑うもんだから、眩しくて前が見えない。
(111106)
雨降って地固まる
途中まで政宗の予定で書いてました