聞いて頂けますか?恐縮です。私は長曾我部軍の諜報部隊を管理させていただいている者です。元親様のことは昔からよく知っています。なにしろ父上に修行を出されて長曾我部軍に入隊したのは十年くらい前ですから。
「初めてお目にかかります元親様、私は…」
「堅苦しい挨拶はなしだ。名前だけ教えてくれや」
「えっ?あ、はい、元親様」
「…様って言うのも出来ればなァ」
「それだけはお断りいたします。けじめですので」
最初こそ型破り・破天荒・風雲児といった単語が似合うお殿様だと思いました。まったく騙されたものです。もはやこれは詐欺と言ってもよろしいでしょう。私もこの殿の裏に潜まれた面に気づくのには随分と時間を要しました。もっともそれに気づいたおかげでこうした地位にまで上り詰めたと言っていいのですが。
私は報告書を見て思わずこれ見よがしにため息をついた。部下も心中を察してか苦笑を浮かべている。彼には元親様の身辺調査、及び行動を監視する役目を与えていた。そして今日受けた報告書はいつもよりひどい。遊郭やその辺の女を引っ掛けて豪遊するわ、町人と肩がぶつかり大通りで喧嘩を起こすわ。彼は今日海で遊…いや警護をすると言っていなかったか。
「それからこれも」
「何ですか?」
「元親様からの請求書です」
どうやら俺の存在は以前から気づかれていたようで。と、済まなさそうに部下は詫びる。となると私が差し金だともとうに気づいておられるのか。再び天井を仰ぎ、嘆息を洩らした。さすがは殿、嫌なところに鋭くていらっしゃる。
重い腰を上げて私は殿にともかく会うことにした。この法外な請求額に文句を言わないわけにいかない。わが国の財政は殿のからくり兵器で切迫されているというのに、自覚があるのかしらん。
自然とむしゃくしゃして歩く音が乱暴になってしまう。その殺気を恐れてか、道行く兵士たちは避けるように道を譲ってくれた。目的の元親様の部屋に着くと、深呼吸をして無礼を分かりながら大きく襖を開いた。中にいる元親様は航海図を広げながらさして驚いた風もなくにこりと微笑む。
「そろそろ来る頃だと思ってたぜ」
「…そうですか」
急にそら恐ろしくなった。まあ、座れよ。元親様は目の前の畳をぽんぽん叩いて促す。しぶしぶ私はそこへ座った。
「今日は花街へ行ってきたそうですね」
「あ?俺は朝に瀬戸内の偵察に行くと言ったはずだが」
「しらばっくれないでください」
スッと請求書を差し出すと、元親様はにいと笑う。その鋭い右目に睨まれてぎくりとした。あれ、私は何か地雷を踏んだかしら?
「それじゃあ、俺に忍をつけていたことは認めるんだな」
「き、気づいていらっしゃったんでしょう」
「だが言質は取れたぜ。主に内密でやるたァ、綺麗な顔してお前もやはり相当やり手だな」
「当たり前です。元親様は油断のならぬお方ですから」
「ほー?」
面白そうに顎に手をあてて元親様はまっすぐ私を射抜く。そうだ、この人は本当に油断のならぬお方だ。戦場ではそれが長曾我部軍を有利に導くが私生活においては一癖も二癖も面倒な事になる。
奥方様の件など驚いたものだ。なにしろこの男、気に入った女を手に入れるためなら手段を厭わない。盗賊に一個人として交渉を持ちかけ、一芝居打たせる。例えば武家の娘を手に入れたいから火を放って悪役を買って出てくれ。大丈夫、金はたんまりあるし、逃がしてやっから。そして彼は盗賊ごとその事実を闇に葬ったのだ。二人目の奥方様も同じ手だろう。それに、花街から買った女も密かに城外に囲っていることも知っている。
「このままいくと後ろから刺されかねないですよ」
「おお、怖え」
「…元親様。お願いですから真面目になさってください」
「俺はいつだって真面目だぜ」
それよりも、と元親様は不敵なる笑みを浮かべてこちらへ近づいてくる。どことなく嫌な予感がして後ずさった。頭の中で警笛が鳴り響く。
「少し息抜きをしないか。おまえも根づめで疲れているだろう」
「いったい誰のせいやら」
「そう言うな。…たまには女だってこと、思い出させてやるよ」
舌舐めずりした獣が、得物を見据えて、爛々と目を湛え、這ってくる。比喩としてはこれ以上適当なものはない。ああ、でも獣じゃなくて鬼だったかしら。つうと冷や汗が頬をかすめた。
あっ、食べられる
(100626)
似非元親ですいませんでした><
めーちゃんへ!!