聞いてくれないかしら?あら、ごめんあそばせ。わたしは水運業を一手に引き受ける商人の娘でしたのよ。元親様と出会った日をそれはもう、よく覚えていますわ。やっとお父様から認められて商売に顔を出せるようになったときでしたもの。それまでのわたしはまさに箱入り娘だったわね。だって男の人をこんなに間近で見たことなどなかったのよ。

「よォ、世話になってるな。ところで…あー…そのちんちくりんな女、どうしたんだ?」
「まあ!言うに事欠いてその物言い、失礼極まりないですわ」

他国へ捌きに行く積荷を船へ運んでいるときに元親様はわたしに目を留めておっしゃったの。長曾我部軍の方たちは船が襲われたら困るから先行して船を出してくださるのよ。わたし、そんな危険な仕事を引き受けてくださるなんてとても立派な方に違いないと思っていたのにあの言葉!人を馬鹿にしているとしか思えないわ。
そりゃあ、一目見たときは驚いたけれど。国主にしては軽装すぎるお召し物は逞しい胸板、鍛え抜かれた腹筋を否応なく目に焼き付けさせられたもの。おまけに凛々しく整った顔立ち。これで戦も強いと言われたら誰だって惚れてしまう!実際にわたしの心はむっとしたけれど、話しかけられたことで舞い上がっていたわ。このような殿方がわたしの夫でしたらどれだけ嬉しいでしょう。

「悪かった。今日のところはよろしく頼むな」

くしゃりとわたしの頭を撫でて、あっさり元親様は頭を下げて自身の船に戻りましたの。豪快で潔い方だとも思いました。おかしいわ、胸がいつもより早く鼓動している。
摘み終えて、わたしは彼の背中と彼を追う一羽の鳥を見送って、お父様の船に乗り込みました。初めての船旅!ああ、わくわくします。
最初は甲板に出ていました。海は穏やかに波打ち、風は心地よく吹き抜け、かもめは悠然と羽ばたいています。心配していた船酔いもせずに最初は順調な航海と言えましたのよ。そう、ところが、ですの。
急に天候は崩れました。どこかから船員のシケが来る、という声が聞こえます。わたしはそのまま船の中へ押しやられました。じめじめとした船室は何もすることがなく非常に退屈だったわ。もう二度と船なんか乗るものですか、と思ったくらいよ。
だから、爆発音にも似た轟きと、船が地震のように揺れたときは何事かと驚いたわね。急いで外へ出ようとすると鍵がかかっていたの。もう!きっとお父様が船員に命令して閉じ込めてしまったに違いないわ!まったく忌々しいったらない。あ、ちょっと口が悪かったかしら。ともかく気が気でなかった。上で何が起こっているのだろう?もしかして風のせいで船が傾いてやしないか?誰も知らせに来てくれないのよ。

(こうなったら仕方のない…)

わたし強硬手段に出ることにいたしました。部屋においてあった椅子を抱きかかえて思いっきり扉へ叩きつけましたの。残念ながら椅子のほうが崩れてしまったけれど。

「誰だ!?」

その音を聞きつけたのでしょう。ドンドンと扉を誰かが叩きました。誰だ、とはおかしな言葉です。船員ならわたしがここにいることくらい知っているはずですから。ではこれは誰なのでしょう。そこでわたしは事態を予測しました。どうやらお父様の船は海賊に拿捕されたようです。噂ではこの海域には最近商業船を襲う海賊がいると聞いていました。ですから用心のために元親様へお願いしたのです。
元親様はご無事なのでしょうか?自分よりも元親様の身が心配になりました。そうこう思案しているうちに、扉は外から体当たりをくらって軋み始めました。何ということ。わたしが賊に人質へ取られればお父様の事業は終わってしまう!慌ててベッドへ乗り、窓から脱出を図ります。外はひどい荒れ模様の天気でした。波は窓をも叩きつけています。これでは逃げてもわたしは命を落としてしまうでしょう。まさに四面楚歌だわ。
嘆いていたところで、喧しく騒いでいた男たちの声がぴたりと止みました。おや?どうしたのかしら。おそるおそる扉へ近づこうとしたときに、鍵が開く独特の金属音がしました。思わず身構えていると、現れたのは笑顔の元親様でした。ハッとして彼の後ろを見れば賊と思われる者たちは床に付しています。床は彼らの血潮で−

「見ねぇ方がいい」

ぎゅうとあの逞しい胸の中に抱きしめられました。どくん、どくん、元親様の規則正しい心の臓の音が聞こえます。それにすっかり安心しきってしまいました。

「怖い思いをさせちまったな、すまねえ」
「いいえ。こうして元親様が助けてくださったもの。貴方様は命の恩人ですわ」

お父様もご無事でした。なにより商品には一切の被害もなく、船員も無事でした。奇跡に等しいとしかいいようがありません。
賊はこの悪天候に乗じて背後からお父様の船に近づいたらしいです。視界が最悪な中でそれを元親様は察知してすぐに助けてくださったのこと。感謝してもしきれませんわ。ですからその後に縁談の話をもちかけられてひとつ返事で「こちらこそ不束者ですがよろしくお願いいたします」と言ったの。既に奥方様はいましたけど関係ありません。だって元親様は平等に愛を下さるわ。奥方様とも同じような体験をしたらしいのよ、きっとわたしたち元親様に嫁ぐ運命だったのね、ってお互いに笑え合えた。

ええ、わたしとっても幸せです。


(100622)