パチン パチン
 規則的な音が室内に響いた。手元を見ると鮮やかに咲いていた金雀枝(えにしだ)の花首が切り落とされていた。収まり止まぬ不安が頭を擡(もた)げる。

「おひいさま」

 襖の向こうから侍女の声が呼びかけた。は居住まいを正し、いよいよ出立かと腹を括る。
 縁談を持ちかけられたのはおおよそ一ヶ月前だっただろうか。嫁ぎ遅れた姫を腫れ物に触るような周囲の反応に、頭を悩ませていた父がこれ幸いと一つ返事に決めてしまった。
 別段異論はない。けれども多少の戸惑いはあった。武家の娘としていつかこのような時が来るであろうことはそれなりに覚悟をしていたはずだ。ただ、その時がこうも呆気なく迎えに来ると拍子抜けと言えばよいのか。いやさ、そう、"物足りない"のだ。

「直ぐに支度をなさってくださいませ」

 しかし、その予想に反して侍女が運び入れたのは婚礼衣装ではない。大量の衣類である。当然疑惑の視線を投げかけた。

「賊が、―――攻め入って来たのです」

 静かに告げた声は震えている。謀ったように鬨の声が外から聞こえた。障子の先は、家屋に火でもつけたのだろうか、燃える様に赤い。
 城内は騒然となっていた。慌しく鎧甲冑武具の類を身に付けた武者供が廊下を駆ける、駆ける。侍女が先だって、城の裏口門に停めてある籠に乗る。行き先は、縁談相手の城だった。そこに匿って貰い、可能であれば早馬を先行して援軍を請う算段である。
 父は多くの家臣と共に城に残った。関係は希薄であったが、生死に関わる事態となればさすがに胸の潰れる様な思いであった。

「逃げるのであれば、私は馬でも構わないのよ」
「いいえ。心配ございません。まだ賊は城下の町におります。城を素通りしてよもやここまで参りますまい」
「……そう、かしら」

 なんとなくは胸騒ぎがしてならなかった。そもそも今日急襲をかけてきたのも意味があるように思われる。何故、の婚儀の日取りに合わせてきたのか。賊ならば、確かにそこまで考えつくとは思えない。だが、これが賊ではなく、政略的結婚を妨害する目的をもった他国の敵将であったならばどうだろう。

「止まって!」
「っ、おひいさま?」
「今すぐ城に戻るのよ。あれは長曾我部軍の陽動で、狙いは」

 小さな悲鳴が側で聞こえた。籠が大きく揺れて、傾く。抉じ開けるように割って入った男の無骨な手。

「勘のいいお姫様だ。でも、少し遅かったようだなァ」

 鬼だ。鬼がいる。
 直感的にはそのような感想を男に抱いた。西海の鬼と呼ばれる長曾我部元親、その人が現れる。の予見が当たっていたことを意味した。嬉しくない的中だ。

「お察しの通りアンタを攫いに来たぜ」

 鋭い隻眼がかち合う。不敵な笑み、それでいて海のように広い懐。足りなかったものが満たされていく。いとも容易く元親はを抱き上げた。

「随分と重いな」
「女性に対して失礼な……いえ、これだけ着込んでいるんだもの、しょうがないわね。貴方が賊だったら、衣類のひとつ渡せば済むのに」
「生憎、海賊には違いねえが、それっぽっちじゃ足りないぜ。アンタを丸ごと貰えねえと」
「欲張りな鬼さん」
「捕まったのが悪かったと諦めてくれ」
「……ふふ、とんでもない。貴方は私の贈り物よ」
 

(130408) りゅうさんへ!