※悲恋ネタ
話を聞いたとき、わたしは自身の耳を疑った。そうして同時にやはりという思いもあった。
最近どことなく真田の屋敷は色めき立っている。侍女の好奇の目がわたしに向いていたことに気づかないはずもなく、薄々感づいてはいたのだ。妙齢の武家に生まれた女子が、夫も定まらず屋敷に居るならばだいたい察しはつくだろう。
つまりはそういうことだ。お館さまはわたしの婿をわざわざ心配してお選びくださった。とんだありがた迷惑である。とうに心を決めたお方がいるというに。
「幸村様、いらっしゃいますか」
「…どうしたのだ」
生真面目な顔で文机に座り、達筆な書と睨めっこしている幸村様。ああ、見れば見るほどこの方への愛は募るばかりである。それと知らずにいる貴方が憎くもあった。
このようにわたしの小さき胸は心を痛めているというのに、貴方は気づいてくださらない。
「件のことでお話が少し」
「おお、聞き及んでおります。祝儀の段おめでたく存じ申し上げ候」
ようやくこちらに居直った幸村様は、いつもと変わらぬ笑顔でのたまった。ぬるま湯のように優しくて、真綿で絞めるような残酷な方。
「そのことなのですが」
「? なにか」
「お相手はわたしにはもったいなきお方でございます。このお話はおこと……ッ!」
鋭い目に射抜かれた。
凄まじいほどの殺気を含んだ、武士の目に。これが聞きしに勝る虎若子の姿というわけだ。戦場での姿を拝見したことはないが、まさにこれと同じ目をしている違いないとわたしは悟った。
幸村様にとってお館さまは絶対的存在を占めている。それをわたしは理解したつもりになっていたらしい。その命を破る者は即ち彼の敵も同然なのだ。
「すみませぬ、耳が遠くてよう聞こえなんだ。もう一度よろしいか」
「…いえ。何でもございません」
「そうか」
とても、無理だ。退室の際に頭を下げた拍子にぽたりと畳が雫で滲む。
そのときわたしは、ひとつの恋に別れを告げたのだった。
(101011)