来た年
ピンポーン
呼び鈴に「はあい」と間延びして答える。そそそ と慎ましく歩き、玄関を開けた。寒そうにマフラーを引っさげた政宗くんが手を上げて挨拶しようとする。その言葉は飲み込まれて、小さな白い息をひとつ。
今日は一月一日、つまりは元旦。予めわたしは彼と初詣に行く約束を取り付けていたのだ。
ここは見せどころと精一杯のおめかしを込めて、態々母に着付けてもらった振袖。どうやら効果はあったようで。頑張った甲斐があったと胸を撫で下ろす。
「ど?」
「…So cute.」
少しだけはにかんだ政宗くんの顔を見て、こちらまでつられてしまった。ファーでにやけた顔を隠しながら彼の隣に並ぶ。からん ころん と足音を立てて神社へ向かった。
予想通りとはいえ、いつもは閑散としている神社はたいへんな賑わいを見せている。人ごみにもまれにもまれながら二人で歩いていった。着慣れないものだから歩くのも一苦労で、さきほどから躓いてばかりいる。そんなわたしを見かねたのだろうか。
「ほら、手掴まれ」
自然に差し出された政宗くんの手。反射的にそれを取ったものの、恥ずかしくて恥ずかしくて。けれども周りのほほえましいカップルたちが同じようにして寄り添っているのを見れば、これが普通なのかと錯覚してしまいそうになった。
(わたしたちもそう見えるのかな?そう見えたらいいな…)
このような機会滅多にないだろう。この一年、幸先いいかもと政宗くんの冷たい手をぎゅう、と握った。
賽銭も済ませて脇に寄ると、そのままの流れでおみくじの前までいつの間にか来ていた。年始の運試しと張り切って百円を巫女姿のお姉さんに渡す。御神籤箱を盛大に振り、出てきたみくじ棒を渡せば小さな紙が手渡された。
開いてみると、小吉。なんともぱっとしない結果だ。ただし恋愛運には待ち人現るとある。
「政宗くんどうだった?」
「……」
「う、うわあ、大凶。初めて見た」
「つまりこれ以下はねえってことだろ。これからの人生上り坂だ」
「さすがポジティブ」
「そういうおまえはどうなんだよ」
尋ねられておみくじを渡す。
「いまいちぱっとしねえな」
「だよね…」
「いいんじゃねえの?だいたいおみくじで大事なのは順番より中身だ」
「そうかなあ。小吉よりせめて吉がよかった」
「言っておくけどなァ、小吉は吉の上ってところもあるぞ」
「ええっそうなの」
初めて知った事実にショックを受ける。てっきり小吉は吉の下だとばかりに思っていた。場所によって違うなんて…統一して欲しい。
そして次に政宗くんはおみくじを木に結びつけずさっさと財布の中にしまってしまった。
「大凶なら結んだら?」
「前にな、神主に言われたんだよ。悪い結果ならなおさらいつも見るところにしまえってな。見るたびに気持ちが引き締まるだろ」
「つまり前にも出たんだ」
「……うっせーな」
割となんでも完璧そうな彼なのに、籤運には恵まれていないらしい。拗ねたように口を尖がらせる政宗くんがかわいくて思わず笑ってしまう。すると余計に政宗くんは怒ったように、ずんずんと先を歩いていく。
「あ、待ってよ」
彼の広い背中を追いかけた。
追いかけて、追いかけて、追いかけて
はたとはその歩みを止める。このまま追いかけて、その先に望むものがあるのか?不意に不安が過ぎる。わたしは報われない恋をいつまで続けられるだろう。彼が振り向いてくれる保証は一切ないのに。
「?」
立ち止まったわたしを不審に思ったのだろう、政宗くんの呼ぶ声がする。
「置いてくぞ」
政宗くんは笑って促した。ハッとなっては顔を上げる。政宗くんの顔が一瞬、おぼろげな記憶ではあるが、幼い頃の彼と重なった。あのあどけない優しい笑顔は今も変わらない。根っこの部分はきっと同じ彼だ。
『は優しいな。俺、おまえのこと好きだ』
『わたしは泣き虫嫌いだから』
『…な、直す』
『じゃあ今度の検定のとき、ちゃんと泳ぎきってよ』
『任せろ』
他愛もない約束を律儀に守った政宗くんは、今や立派な水泳部の部長さん。すっかりお互いの立場はあの頃と逆転している。
そう、先のことなど分かるはずもない。ましてやおみくじなどに左右されるものでもない。
「やっぱり、さっきのおみくじ木に結んでくるね!」
わたしには必要ないものだ。待ち人なら既に見つけているのだから。
(110102)