君は残酷だ
「え、うそだろ。アンタらまだ付き合ってないの?」
「うるせーよ」
部活も終わり、政宗たちは更衣室にいた。べたべたとひっつく水着を無理矢理引っぺがす。着替えが一番早い猿飛佐助は既に持参してきたドライヤーで髪を撫で付けていた。最も遅い真田幸村はまだシャワー室だ。
ここぞとばかりに佐助は近状を聞いてきた。なぜ俺はあの時こいつに言ってしまったのだろうと嘆く。
「だってクリスマスも旦那がいたとはいえ一緒だろ、初詣だってちゃっかり行って、こないだ勉強会も一緒にしたって聞いたけど」
「ああ。いやおまえなんで知って…」
「うわ、彼女まじかわいそー、生殺しって言うんだよそれ」
「……」
完全に後半はスルーされた。こいつの情報通はいまに始まったことじゃないが。
それはさて置き、こいつに言われずとも分かってはいる。彼女の好意に俺は甘えて、答えを未だ出せずにいた。どのような結果にしろ俺たちの関係が変わることに怯えているのだ。
「罪作りな男だよね、旦那もさ。思わせぶりな言葉と態度は変に期待させるって分かってる?こないだも俺様忠告したけど、ほんと、早く決めちゃいなよ」
ずきりと罪悪感で心が痛む。それを振り払うように上着を勢いよく羽織った。そのまま政宗は駐輪場のミーティング場へ行こうと、エナメルバックを抱えて外に出る。
そういった矢先に彼女はふわりと現れた。
「あ、政宗くん!」
背景に花が咲きそうなほど嬉しそうな顔をしたが、越後高校の制服そのままに立っていた。思わず驚き声を失い、表情が硬くなる。
「おっと…噂をすれば何とやらだね。頑張ってよ、竜の旦那」
明らかににやけた顔で佐助は冷やかしながらも気を利かせて先に行った。残された二人は気恥ずかしそうに俯く。
「急に訪ねて来てごめんね」
「いや」
会話もぎこちない。あちらは何故か分からないが、こちらはどうにも罪の意識でいっぱいだ。こうして自分のために足を運んでもらっていることに申し訳なさを覚える。
「あの…これ…」
はにかみながらが差し出したのは手に持っていた紙袋だった。政宗ははてと首を捻る。
「What is it?」
「め、迷惑だとは思うんだけど、バレンタインデーのチョコ…です」
途端にああ、と政宗は思い出した。そういえば今日はバレンタインデーだ。部活の練習に耽るあまりすっかり頭から消えていた。わざわざそのために、と政宗は有難くそのチョコレートを受け取ろうとして手を止めた。
「それ、まさか本命か?」
「…お恥ずかしながら。あっ、味見はちゃんとしたから大丈夫だよ」
政宗は少し考えて手を下ろす。
「わりぃ…受け取れねえ」
「え?ど、どうして」
途端の顔に焦りと困惑の色が広がった。俺はまさか本命だからとは言えない。それを手にすれば、俺は彼女の気持ちを受け入れることに他ならない。こんな中途半端な気持ちで、受け取れるはずもなかった。
『思わせぶりな言葉と態度は変に期待させるって分かってる?』
これ以上彼女を期待させることはあまりにも残酷だ。
「……そ、か」
かさりと音を立てての手は紙袋と一緒に下に落ちていく。視線も下に落ち、じっと彼女は自身が作ったチョコレートを眺めていた。その沈黙がどれくらいだったか俺には分からない。きっと十秒にも満たなかったと思うが、俺には息苦しく、永遠に感じられた。
「じゃあ、わたし帰る、ね」
彼女に滲んだ目と無理矢理作った笑顔。後ろを向いて走り去るとき、コンクリートに落ちた雫を俺は見なかったことにした。
(110214)