恋は人を狂わす


「政宗殿は、政宗殿は殿のことが嫌いなのか」

彼女が走り去った後を呆然と眺める政宗に後ろから声をかけてきた男が一人。わなわなと声を震わせて怒りを抑えている真田幸村だった。

「…Hahn? 盗み聞きとは趣味が悪いな」
「話を逸らさないで頂きたい。なぜ、かように突然手のひらを返すのだ」
「……期待をさせるのは酷なんだろう」
「? 某には生憎と、難しいことはよく分からぬ。が、殿の気持ちをあのように蔑ろにするなど見損なったでござる」

きりりと真剣な眼差しを向ける好敵手に政宗は苛立ちを覚える。口酸っぱく佐助に忠告されて、いざそれを実行すれば今度は幸村に非難される。自身の行動が一貫していないせいかもしれぬが、煩わしいにもほどがあった。

「あんたらは、俺にどうして欲しいってんだ…!!」

エナメル鞄をドンと壁に叩きつける。訳が分からない。心がかき乱される。政宗は非常に混乱していた。故に、自分より冷静に意見を述べる幸村が無性に腹立たしい。

(アンタに言われなくても、俺だって悪いことをしたって分かっている。分かってはいるんだ。だが俺にどうしろというんだ?)

政宗はまだ少し濡れた髪をくしゃりと掻いた。塩素と太陽光で髪色は少々茶に見える。
この目の前に整然と立つ男は清々しく言い放った。

「何を言っておられるのだ」

本気で意味が分からない、というように首を傾ける。唖然として政宗は幸村を見た。

「政宗殿が何をしたいか、でござろう?」
「な……」
「気持ちを受け取れぬならば仕方ない。だが、あれだけ既に期待を持たせておきながらここにきて突然断るのはどういう了見かと某は問いたかっただけでござる。それが政宗殿の答えなら、某は軽蔑するだろう。ただ、それが他人の答えを模倣しただけならば改めるべきだ」

幸村は投げ捨てられたエナメル鞄を政宗の前にどさりと置く。

「某の知る政宗殿は勝負事には貪欲で、果敢で、勇猛な男であった。決していまのように腑抜けた者ではござらん」

これで話は仕舞いとでも言うように幸村は先を歩き始めた。
政宗は彼の言葉を飲み込むように反芻する。

(確かに俺らしくないかもしれねえな… いい加減に認めるべきか)

気づかない振りをしていただけなのかもしれない。以前吐露したように、政宗はいつか来る"終わり"を恐れていた。先の見える勝負はしない、それでは何も生み出せぬ。いつもの政宗なら確かに迷わず挑戦するだろう。それが分かっていて幸村こそじれったく思ったに違いない。

「やってやろうじゃねえか」

脳裏にこびついて離れない彼女の泣きそうな顔と、穴が開いたように寂しいこの胸の理由を政宗は、随分前から同じ気持ちを幾度となく感じながらも知らないふりをしてきていたのだ。


(110305)

なんでこの話の政宗はへたれというか腰が重いんだろう…