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魔法をかけたみたい 「お、お邪魔します」 「失礼致す」 「何もないところだが、welcome my home.」 ドキドキしながら上がったのは政宗くんの家だ。一人暮らしなのか、本当に必要最低限しか家具が置いていないモデルルームみたいなリビングに案内される。テーブルには豪華な料理とブッシュドノエルが載っていた。荷物を置かせてもらって着席しようとすると、待てと声をかけられる。ご丁寧にも椅子を引いてくれて、わたしはますます政宗くんの紳士さにどきりとした。隣に幸村くん、向かい側に政宗くんが座る。 「これ政宗くんの手料理?」 「That's it. 」 「政宗殿は器用でござるなあ」 感心するも、女のわたしより料理が出来るって…!少しだけへこむが気を取り直して箸を取る。いただきます。いつもより感情を込めて言い、桜子は手を付けた。幸村くんは真っ先にチキンへ食いついている。それを見て苦笑しながら政宗くんも食べ始めた。 なんというか…政宗くんの箸遣いは美しい。料理に関わらず小学生のときから、小学生らしからぬ所作だなと思ってはいた。もしかしたらいいところのお坊ちゃんなのかもしれない。参観日に来ていた政宗くんのお母さんも綺麗だったし、弟くんも政宗くんそっくりでかわいかった記憶がある。 「そういえば、家族は今どこに住んでいるの?」 「…ああ、実家にいる。俺は上京したくてな、親父も東京で働いてるし」 「そうなんだ。政宗くんって偉いね。一人暮らしが出来るなんてすごいよ、尊敬する」 「それほどでもねぇさ」 「うむ、まっこと炊事掃除洗濯、家事を一人でこなすとは出来上がった人間でござるな!」 「確かにお前には出来ないだろうな真田幸村」 それは言えている!と思わず笑うと真っ赤になって幸村くんが怒る。 しばらくしてあらかた食べつくし、いよいよブッシュドノエルに包丁の手が入る。ごくり、と生唾を飲む幸村くんがかわいい。綺麗に切れたケーキを一緒に、砂糖菓子で出来た小人も付けてお皿を手渡された。 「味わって食べろよ?」 フォークでつついて食べればまろやかな味わい、スポンジも柔らかくてとろけるように美味しい。 「政宗くんなら料理家になれそう。そしたらわたし毎日通うね」 「おいおい太っちまうぞ」 「美味しい手料理が食べれるなら太ってもいいかも」 「あんまり褒められると照れる…」 がしがしと照れくさそうに政宗は頭をかいた。 あっという間に楽しい時間は過ぎていく。最後に持ち寄ったプレゼント交換も終えて(中身は帰ってからのお楽しみだ)、お暇することになった。相変わらず紳士な政宗くんは夜も遅いから送っていくと言ってくれて、断りきれずお言葉に甘えることに。 他愛もない話をして、あれが美味しかったこれが美味しかったと桜子は散々料理を褒めちぎった。すると今度はお前の手料理も食べさせてくれと意外なリクエストを受けて困惑する。 「わ、わたし?無理無理!政宗くんのには敵わないよ」 「そういう問題じゃねぇって、桜子の手料理を食べてみたいんだ」 「うーん…善処致します」 「期待してるぜ?」 「政宗くんのいじわる!」 そんなにプレッシャーをかけられたら困る。口を尖がらせて抗議していると、向こうから仲のよさそうなカップルが歩いてきた。 「あれ、市ちゃん」 「…桜子…、会えて嬉しいわ…」 妖艶に笑う市ちゃんは、同じ水泳部のマネージャーだ。隣にいる男子は見たことがなかったがどうみても彼氏だろう。 「浅井じゃねーか」 「ふん、久しぶりだな伊達」 どうやら政宗くんの方はそっちとお友達らしい。小声で誰か尋ねると、同じ中学校だったと教えてくれた。確か河内高校だったと洩らす。浅井くんは少し恥ずかしそうにしていたがお互い様になっている美男美女カップルだ。 「いいなあ、市ちゃん彼氏いたんだ」 「…桜子もじゃないの…?」 「あ、隣にいるのはね」 「友達の伊達政宗だ」 「なんだ貴様まだ独り身なのか」 「…ご挨拶だな、浅井」 険悪なムードになりそうなところを上手く市ちゃんが浅井くんを促して、そこでバイバイとお別れした。思わぬところで会ったなあと思っていたが、桜子は心なしか寂しかった。あそこまではっきりと政宗に友達宣言されれば悲しくなるのも無理はない。 どうすれば友達を脱却できるのだろう。わたしも市ちゃんと浅井くんみたいに幸せなカップルになりたい。政宗くんの彼女になりたい。そう思ったらいてもたってもいられなくなった。自分から告白するという選択肢が頭になかったけれど、今日はクリスマス。わたしと政宗くん、二人っきり。ここまでいい条件が揃っていて今言わずしていつ言える?そう思うほど出来すぎていた。 「ねえ、政宗くん…」 「なんだ?」 「…わたしが政宗くんを好きって言ったらどうする?」 ぴたりと政宗くんの足が止まった。彼は驚いたように目を見開いている。そして悲しみを瞳の奥に宿した。ああ、断られるな。瞬時に理解する。 わたしは言ってしまってから後悔した。後先考えずに思ったことを口にするものではない。あまりにも軽率で、愚かな出来心だ。ここで断られたらわたしたちの関係はどうなる?気まずいまま一生ギクシャクして過ごすのではないか。 「ご、ごめん今のなし!送ってくれてありがとうね」 「…ここでいいのか?まだ先だろ」 「もうすぐだから大丈夫だよ。今日は本当に楽しかった」 そう、浅はかな夢を見るほど楽しかった。桜子は分かれてから曲がり角に消えて、それからしばらく立ち尽くした。ひらひらと白い結晶が舞い降りてくる。ホワイトクリスマス、恋人たちの夜。どうしてそんな素晴らしい日にわたしは惨めな気持ちを味わねばならぬのか。じわりじわりと涙腺を刺激する雪の冷たさが憎かった。 (100425)