ガールズトーク
泳いでいるときはいい。無心でいられる。何もかもを忘れて、ただ只管に泳ぐことへ集中すればいいからだ。
だけど部活も終わってミーティングの最中、はやっぱりあの夜のことを思い出してしまう。幸せなクリスマスになるはずだった。だけど短慮なわたしの言動により、政宗くんが離れていってしまうことが何よりも怖かった。
「?」
「えっ、あ、ごめん。聞いてなかった」
「今日は随分上の空だな」
「……市、心配だわ。何かあったのかしら…」
寒空の帰り道、とかすがと市、仲良し三人組はともに帰り道を歩んでいる。ドライヤーできちんと乾かしたはずなのだが風に吹かれて頭が冷える。はマフラーをぎゅっと握りながら、話を切り出そうかどうか迷っていた。
「もしかして…あの男のせい…?」
「男!まさか伊達に何かされたのか、そうなのか!?」
男とは紛れもなく政宗のことを指している。市はあのときからの様子がおかしいことに気づいたようだ。一方以前からかすがは前から話していたこともあって覚えていたらしい。謙信先生以外の男には基本的に冷たく、仲のよい女子贔屓をするかすがには新参者の男が大切な友人を悩ませていると知って、許せないと歯軋りをした。その剣幕に気圧されて強引にファーストフード店に寄らされる。
「さあ、じっくり話を聞かせてもらおうか」
「…うふふ…楽しみ」
尋常でない目つきで問われて、は重い口を開いた。あのクリスマスの日、政宗に勢いあまって告白してしまったこと。それを暗に断られてしまったこと。
話している途中に段々と自分があまりにも惨めで涙が滲んできた。政宗が悲哀を込めたまなざしでこちらを見た光景がありありと脳内に蘇ってくる。手が白くなるほど、スカートを握り締めた。
「それで恋を諦めるのか」
「え?」
「…市、には幸せになって欲しいと思うわ…」
それはもう一度告白し直せということなのだろうか。わたしにはとても無理な話だった。いくらその場の空気に酔っていたとはいえ、告白には一生分の勇気を使い果たした思いだ。彼に拒絶されている以上、何をどう頑張ったらいいの?どう考えても失恋じゃない。
「…っ、かすがやお市ちゃんは、いい、よね」
自然と友達をうらやむような言葉が出てしまう。言いたいわけじゃない。ただ言わずにはいられなかった。
「わたしはかすがみたいな勇気も度胸もない。市ちゃんみたいに、彼氏に振り向いてもらえるほどかわいくもない。政宗くんと向き合うことなんて到底出来ないよ…!」
二人の顔も見たくなくて思わずテーブルに突っ伏した。カラン、氷が割れた音がする。どうしてわたしはこんなに醜いんだろう。こんなわたしが政宗くんの彼女になりたいなどおこがましいにもほどがある。涙が止まらない。
「、別にわたしは勇気も度胸もあるわけじゃない。いつだって謙信様の前では心臓などばっくばっくしてうるさいし、まともに話せもしない」
「……かすが?」
「市だって、長政さまにかわいいって言われたこと…ない。長政さまは優しいけど…それでもまだ心が通い合っているとは思えない…」
「で、でも恋人同士じゃ」
二人の表情を見てハッと気づく。それぞれ、些細なことでも傷つき、でも必死に頑張っているんだ。彼女たちには彼女たちの苦悩がある。
「出来ない、なんて決め付けるな。おまえが本当に好きならやるんだ」
「そうよ……ならきっとできる…市、そう思う」
「二人とも」
ありがとう、小さな声でお礼を言った。そうだ、自分で限界を勝手にわたしは作っていたのだ。失恋なんておかしい。まだわたしの恋は失っていないもの。きちんと政宗くんに自分の気持ちを言おう。その上で断られてもわたしは努力し続ける。
決意を新たにわたしは二人と別れてから携帯電話を手にした。
(100712)