煙管が笑う




じめっとした暑さに魘(うな)されて意識が浮上する。かすかに性特有のツンとした臭いと、それを相殺するような甘ったるい香の匂いが鼻を刺激した。まだ定まらない視界で捕らえたのは脱ぎ散らかされた着物、皺が寄りに寄った敷布団、隣にはこちらに背を向けている藤次郎様。いつだって藤次郎様はわたしの上を行く。手玉に取られているのはこちらの方だった。

藤次郎様は高貴なご身分を隠してこちらへ足を運んでいるからくれぐれも粗相なきよう、と遣手(やりて)から重々注意を受けていた。きっとわたしには想像もつかないくらいの財力をお持ちな方に相違ない。藤次郎様は雲の上の尊きお方、とわたしは常に言い聞かせていた。
その尊きお方がどうして自分を指名してくださったのか、は意外にも単純な理由だった。

「どうなさったんでありんすか」
「……板についてきたな」

声をかけると、首だけをこちらに向けておかしそうに微笑む藤次郎様。どうやら一服していたらしい。藤次郎様は決まってわたしといるとき必ず一服しなさる。もはや習慣らしい。

「そなにおがすぐねや?」
「おーおー、おがっつね」

嬉しそうに藤次郎様は破顔する。これが藤次郎様のわたしを気に入ったひとつだった。
遊女というのは大抵家が貧しい故に売られてきた女だ。さまざまなところから人が集まるから、自然と方言の者が多い。それを隠すために特有の廓詞(くるわことば)を使う。
藤次郎様とお会いしたとき、まだ東北訛りが抜け気っておらず散々客からも馬鹿にされていた。ところが藤次郎様は変わったお方で、「俺も東北訛りだ」と嬉しそうにわたしの手を取ってくださった。

「また煙管さ吸いどるや?」
「これが美味しいんだよ」
「さっぱしわがんね。わだすにも煙管さけろ」
「ったく、好奇心の強い女だ」

苦笑しながらも政宗は煙管を渡してくれる。まじまじとそれをいろんな角度から眺めた。そういえば花魁もよく吸っていたな、と禿の頃を思い出す。

「あんまちょすなよ」
「あい、…はかはかすっちゃ」

試しに藤次郎様が先ほどまで口付けていた煙管を銜えてみる。すう、と大きく吸い込むと煙のようなものが口内へ押しかけてきた。その量にびっくりし、慌ててげほげほと吐き出す。それをまた藤次郎様はおかしそうに笑った。

「お前にはまだ早い」
「ほいな…」

藤次郎様はわたしの手の届かないところへ煙管を持ち上げて、取り返そうとする手を柔らかく阻む。そうしてまた自分だけ美味しそうに吸うのだ。むう、と膨れていると唐突にこちらへ顔を向けてぶわっと煙をわたしの顔へ吐く。

「な、なにすんだっちゃ」

煙たくて目が涙で滲んでしまう。まともに受けてしまった。ひどい、と詰(なじ)ろうとして藤次郎様を見上げると、影が落ちる。気づけば唇に唇を押し当てられていた。さらりとした藤次郎様の綺麗な手が腰に回る。ちゅ、とわざと音をたてて離れた。

「おまえは変わらずにいろよ」

熱っぽく藤次郎様の目がわたしをまっすぐ射抜く。変わらず、とはどういうことか。唇が首筋に移動するのをくすぐったく感じながら、わたしは藤次郎様をぎゅっと抱きしめた。


(100703) for.情火

東北弁・仙台弁を交えてみましたが合っているかどうか…。本当は花魁道中や伊達兵庫とか、引手茶屋で編み笠を購入し隠していく政宗とか、猪牙船(ちょきぶね)で共に逃げ出すとか、もういろいろあったけど全部は書けませんでした。
うう、中途半端な知識って怖いですよね。もう少し勉強してきます。

おがすい・おがっつね/変・おかしい
けろ/くれ
〜さ/〜に
さっぱし/さっぱり
ちょす/いじる
はかはか/ドキドキ、わくわく
ほいな/そんな

個人的に東北弁を話す政宗を想像してどきどきする。焦ったり怒ったりするときうっかり出たらいいのに!
花魁という素敵な企画を立ち上げってくださった朋ちゃんにお礼を。参加させていただきありがとうございました。