傾 国
和洋折衷とした美しい近代的な邸宅で賑やかな夜会が催されていた。華族である伊達家の愛娘がめでたく十七歳を迎えるそのために。しかしそれはまったくの名目で、実際は困窮した家の実状を解消すべく娘の婿選びに等しかった。
(ああ、いやだわ。結婚だなんて。女が家にいなければならないというのが古臭い考えだということをわかっているのかしら?)
それとなく兄、政宗から聞いた時には呆然としたが、いざ夜会が始まってから、自分を見る男たちの視線が品定めをしているようでひどく煩わしい。母がいちいち愛想笑いで紹介するのも非常に癪であった。おそらくこの積極性は母自ら提案したに他ならず、温厚な父は好きなようになさいと話をのんだのだろう。
伊達家を救うためならやぶさかではないが、それにしたってこうも周囲が露骨に出てくると嫌気が差すのは仕方ないことであろう。
「小十郎、わたしにもひとつ頂戴」
「……ですがこれは」
「喉が渇いているの!」
家令の小十郎はしぶしぶといったようにグラスを差し出す。自棄になって飲み干す姿を政宗はやれやれといった調子で宥めようと近づいた。
「そうかっかして小十郎に当たるな。どうせ嫁の貰い手なんぞお前に見つけられるわけがねえんだから、引き取ってくれる男がいるなら幸せだろうよ」
「他人事だと思って…兄様こそ花街でひっかけてくるよりさっさと素敵なお嫁さんを貰えばいいものを。父様から聞いたわ、身分を返上する気ですって?」
「お前も知ってるだろ、俺がどれだけこの華族という身分に窮屈な思いをしてきたか」
「……そうね。わたしもいま身をもって知ったわ」
少し皮肉を込めて言い返せば、政宗もさすがに苦笑しか出てこなかった。そもそも、この兄が受け継ぐ気がないせいで自分にとばっちりが来たのだ。もっと言ってやりたいところだったが、同時に兄を羨ましく思っていた。自分も密かに女子の身分を高めるため、身分を返上して働きたいと願っている。それなのに結婚が先に来てしまったら嫌でも家庭に入らねばならない。将来の閉ざされた気持ちに一転して、憂鬱な面持ちになったが、俄かに婦人のざわめいた気配を察知して視線を走らせた。
「やあやあ、通してくれねえか」
語気の粗い男の声が人ごみを掻き分けてやってくる。男は洋装の風体が実にさわやかで、洒落っ気があった。また実に印象的な銀髪、日本人離れした体格に圧倒されそうになる。
「富嶽社の…」
「おう、長曾我部元親だ。あんたがここンところのおひいさんかい?」
政宗が言いかけた富嶽社という言葉には聞き覚えがあった。その社長である長曾我部元親は異国の血が半分混じっていることから、貿易に通じて一代で財を成した人物であると。所謂、成金という存在で華族が軽蔑の目でみる対象であったが、この男の野性味溢れるさわやかさに婦人たちは虜となっていた。なるほど華族にはいない人種であると、珍しさにじろじろ不躾に見ていたら、男とばっちり目が合う。
「一曲、お相手願えるか」
「……え、ええ」
恭しく畏まられたら断るわけにもいかず、紳士的な彼の大きな手に自分の手を重ね合わせる。練習を重ねていたのか、ごく自然なステップに驚いた。一見がさつに見えたが、器用な男である。社交界でも話題になるわけだわ。少し感心してそう思っていると、男が優しく微笑んだ。
「おひいさんは俺の思っていた通り、きれいだ」
「あら、お上手ね」
「嘘じゃねえよ。この会場全ての野郎の視線をアンタは奪っている」
「婦人の視線は元親さんのかしら?」
「手厳しいねえ…、だがこうして話すのも悪くない」
元親は機嫌を損ねる風もなく、笑みを崩さない。成金故に、家柄はとうてい華族に及ぶべきものはなく、名前欲しさにわたしを狙いにきたのかしらと思っていたが、どうにもそうは思えなかった。なぜだろう、彼の笑みにはまったく媚びた姿勢も、かといって嫌味もない。
しばしその精悍で優しげな顔つきに見惚れていたが、曲の終わりが近づいてきたことに気づく。時間の過ぎる速さと、名残惜しいと思っている自分がいて驚いた。
「……また会えるかしら、」
兄の元へ誘導する元親にそっと呟くように訴えた。そうして告げてから自分の軽率な言葉にはっとして紡ぐ。一瞬元親は目を見開いたが、次には蕩けるような笑みで「必ず」と返してくれた。
「近いうちにまた尋ねるさ。それまで寂しがるんじゃねえぞ?」
胸元につけていた薔薇の花を元親はわたしの髪にそっと撫でるように挿した。その仕草がいちいち気障であり、胸の鼓動が聞こえそうなくらい早くなって困る。
「恋に落ちるのは一瞬、だな」
にやりと政宗が言い放った言葉に反論できず、いつまでも元親の後姿を見送った。
(120115) for.千本桜
お題に副えているか心配ですが、傾国ということで。本当は傾国の美女をイメージしたのに、まったく男女逆転(というかどっちも)になってしまっている件。
大正パロ楽しかったです!また書きたいなあ。