窓の外を見て欲しい
非常に簡潔なメールが本文ではなく、タイトルに書かれて真田から送られてきた。常々携帯電話は慣れぬと愚痴を零していた男が珍しい。それも、真夜中の三時に差しかかろうとしていた頃合に。真面目で誠実を絵に描いたような男だが、ときどきこうも突拍子のない非常識なことをする。
マナーモードに切り替え忘れたわたしはたまたま受信音に気づき、眠たい目を擦りながらも画面を見たのだ。
(……?)
覚めやらぬ眼でそっとカーテンを掴み、網戸を開けてよく晴れた月夜を眺める。
「起きていらしたか!」
ところが思わぬところから声がかかり驚いた。視線を下に移せば、割れんばかりの笑顔でこちらを仰ぐ真田幸村がいるではないか。これはまだ夢の中?半ば信じられぬ気持ちでどうしたの、と相手に聞こえる程度の小声で話す。
すると真田は自身の今乗っているチャリの後ろの荷台をポンポンと叩いた。これはもしかしなくても来いという意味、だろう。彼の意図が読めずに困惑しながらも、急いで寝巻きのまま外へ飛び出す。
「どうしたの、真田」
「かような時分に申し訳ない。しかしどうしても共に見ていただきたいことがございまして、よろしければ…」
と、最後は少しきまりが悪いのか口ごもりながら再び荷台にちらりと目をやり、わたしを見た。ここまで来たら乗りかかった船だ。遠慮なく後ろへお邪魔させていただく。
「安全運転でお願いします」
「しっかり掴まっていてくだされ」
真田の腹に手を回したところで、ぎこちなく自転車は走り出した。真田の逞しい背中を自然まじまじと見る形になり、ああ、男の子なんだなあ。と感じ入る。揺れる尻尾のような髪の束が頬を撫でるようにくすぐりこそばゆい。
ほどなくして到着したのは町外れの小さな林だった。幼いときには冒険だ、とよく踏み入った馴染み深い場所である。
ここからは、と自転車を降りて歩き出す。うっそうと茂る草むらをかきわけて、真田は率先して入るものだから慌てて追いかけた。それに気づいたのか真田は「すまぬ」と言って離れぬようにと手を握る。
すぐに空にぽっかりと穴が開いたような空間に導かれた。ざあざあと強い風が吹いて、雲が追いたてられるように移動していく。待宵草が黄色の花をつけたこの場所は、わずかに小高い丘になっていた。
真田は童心に返ったように一番高い草むらに飛び込む。不思議とそれにつられてついついはしゃぐように横へ並んだ。ごろんと仰向けになれば空はやや白みながらも、星が見えた。
「あれ知ってる、オリオン座だ」
「よくご存知で」
「三つに仲良く横に並んでいるから分かりやすいんだよ」
「……真に」
見せたいものがあると言って連れ出したのに、真田は気持ちよさそうに目を閉じている。これでは折角の絶好場所で天体観測というのに勿体無いではないか。
「真田?おーい、寝るなー」
授業中でもよく見かける幸せそうな寝顔に揺さぶりをかける。と、不意に手をつかまれた。そのままぐいっと引き寄せられてバランスを崩して真田の上に倒れてしまう。
「ちょ、」
「隙だらけでござる」
優しく触れるだけの口付け。すぐに離れて、してやったりと笑う真田を唖然と見下ろす。そこにいつもの、いやわたしの知る真田はいなかった。いたのは男だった。
「ほら、夜が明けますぞ」
「……」
いけしゃあしゃあとのたまうものだから、じとりと睨んだが、わずかに出来てきた影と光につられて振り向き仰ぐ。
見事なまでに空はあたたかみのある焔のような色に染まっていた。
「美しい夜明けでござろう?これが見せたかったのだ」
「随分気障な演出をするのものね」
「…夏目漱石は I love you を月が綺麗ですね、と言ったようだが」
真田のゴツゴツと骨ばった手が優しく髪を梳く。
「俺から言わせれば、夜明けが美しい、それこそ愛の囁きに相応しいと思うのだ」
「……ほんと、気障なんだから」
「おなごというのはそういったのが好みであろう?」
「悔しいくらいに、大好きよ」
彗星のはやさでゆめにおちた朝
(110705) for.星を泳ぐ魚
青春が似合うのは幸村だと思うのに、この似非具合…!
参加させていただきありがとうございました。