ぽつりぽつりと暗闇に仄かな明かりが点る。三成は、彼にしては珍しく、手を休めて庭をホタルが飛び交う様を眺めていた。
「いくら残暑が残るとはいえ、このままではお風邪を召してしまわれますよ」
妻が羽織を背中にかけてやる。三成はその手を掴みそっと隣に引き寄せた。眠いのか、三成の体温はぬくい。気持ちよさそうに目を閉じて、妻は寄り添う。
豊臣全盛期、与えられた境遇の中で(無論彼の実力は伴っていた)三成が唯一目をかけて娶った女だった。当初は刑部に出自を怪しまれたが、今ではすっかり友を任せられている気の置けない立場だ。
「戦が始まる」
三成は口火を切った。
「存じております」
「…この戦い、おそらく私かやつが止まるまで終わらないだろう」
「長引きそうですか」
「出来るだけ早めに決着はつける心算(つもり)だ。だが、戦火が広がらないとは限らん」
「残念です。今年の夏はたいそうあつうございましたから、さぞ紅葉が美しいと予想しておりました。詮方ないとはいえ、殿とご一緒にと思っていたのですが…」
「紅葉か」
青々とした、いずれ佐和山を彩るであろう木々をただ静かに三成は見つめる。ただ左手だけは妻の手を愛おしげに撫でていた。この男は愛を囁けるほど器用ではなく、かといって愛を表せないほど不器用ではなかった。口で言わずともこれほど分かりやすい男はいない。
「ならば戦が終わった後に、いくらでも行けばよかろう」
「…ふふ」
「どうした?」
「いいえ。初めて殿が将来(さき)のことをお話なさったと思いまして。これでも心配していましたのよ?あのタヌキめを倒した後に、貴方様はどうなっておしまいになるのかと」
「くだらん。私は私だ」
「そうでしたね。ですが約束ですよ。必ずいの一番にわたしの元へ顔を見せてくださいませ」
そっと手を握り返す。答えるように三成はぎゅうと力をこめた。この細腕に西軍の行く末がかかっている。その重圧が彼を殺してしまわぬように、女はひたすら祈るのだ。
「私が貴様との約束を違えるはずなどなかろう」
「ええ」
「そろそろ冷えてきたな。部屋に戻るぞ」
それでもその背中を見ながら思わずにはいられないのだ。もしも帰って来ぬ日が来たらばと。
久方の 光に消えゆ 若草の 夫(つま)は知らね 佐和山の紅葉
小さなホタルの光がひとつ、暗闇に溶けていった。
(110524) for.こわくないよ
非常に難産でしたが、三成が書けて楽しかったです!
参加させていただきありがとうございました。