わたしは自分の苗字をこれほど後悔したことはなかった。
入学式も終わり新しい教室で席に着く。出席番号順で座ったときにわたしの隣は、その、…とても怖そうな男子だった。目つきが鋭くて、足も組んでいるし、頬杖をついて先生の話も聞いていない。さらに服装も随分乱れているし、醸し出している雰囲気も剣呑としている。もしかして、これが俗に言うヤンキーなの!?わたしは半ば泣きそうになりながらなるべくしてそっちを見ないように努めた。クリスチャンではないけれど神様一生恨みます。
そうして彼の逆鱗に触れないようにわたしは恐々と縮こまりながらその日は終わった。残念ながら席替えは一学期が終わるまで行われないと先生から聞かされたときには愕然とする。わたしはその男子、片倉小十郎くんと慣れないままに月日を過ごさねばならなかった。

「それは災難だ」

他人事のように竹中は言った。実際に彼にとっては他人事に違いない。竹中半兵衛、中学が同じの唯一気心が知れる男子である。片倉くんだけではなく、他の男子にもわたしはどうにもまだ打ち解けられなかった。それなりに女友達は出来たので昼休みや教室移動は救いになっている。

「風紀委員の権限をもって席替えを!」
「随分無茶苦茶なことを言うんだね、きみ。脳みそが足らないのは薄々知ってはいたが」
「だって…その上園芸委員まで一緒とか泣きたい。だいたいどうして片倉くんが園芸なの?え、意味分かんない」
「混乱しているのは分かるけどそれが現実だよ」
「今日の一斉委員会休もうかな」

遠い目で窓の外を見つめる。噂をすれば中庭に片倉くんがいた。何をしているんだろう。身を乗り出して観察する。「パンツ見えるよ」じゃあ横を向いていろ竹中。
片倉くんは中庭に植えられている美しい花壇を眺めていた。あれ、やっぱりそういうの好きなの?園芸委員に入ったのはてっきり罰ゲームか何かと思っていたけれど意外だった。へえ、あの強面片倉くんが…。あまりにもミスマッチなので心底驚く。
花壇を一巡して片倉くんは風で倒れかけている花に目をかけた。かわいそうに、それはまだ蕾だ。慌てて木の支柱を用意して、持ち直させてやる。まるで「もう大丈夫だ」というようにふっと片倉くんは微笑んだ。

「……っ!!」

な、なんだろう。すごくレアな姿を見てしまった気がする。片倉くんもああやって自然に笑えるんだ。もっとああやって笑ってくれればいいのに。
少しだけ片倉くんの認識が改まった。

「わ、わたし片倉くんと友達になれるかもしれない」
「単細胞とはきみの為にある言葉だね」
「何とでも言うがいい」
「やれやれ…先が思いやられる」

昼休みが終わって教室にやや遅れて戻ってきた片倉くん。その手は少し土で汚れていた。
片倉くんは席に着くが相変わらず次の授業の教材すら出さずに寝る体勢に入ろうとする。わたしは勇気を出して話しかけてみた。

「かか、かたっ、片倉くん!」
「……なんだ」
「き、今日の委員会、が、頑張ろうね」
「…?ああ」

言えた、言えたぞ。机の下で小さくガッツポーズを作った。それが学校始まって以来、片倉くんと初めてまともにした会話だった。

「変な女」

机に突っ伏しながら片倉は少しはにかみながらぼそっと呟いていたことなんてわたしが知る由もない。




ひねくれた森





(100613) for.五本槍「友達」
title.馬鹿の生まれ変わり

別人とか言わない!若かりし片倉を妄想してみた。