「片倉く〜ん!!」

あの女がまた来た。頼みもしていないし、委員会の仕事を明らかに超過しているというのに、その女は毎日のように俺を手伝いに来た。
俺はクラスでも浮いているほど怖がられている。この顔つきと、低いドスの利いた声のせいだろう。それなのになぜかクラスメートで隣の席に座り同じ園芸委員の女は、まったく気にしていない。いや、最初は確かに怯えもみえたが…今では見る影もない。

「ね、今度は何を植えているの?」
「…桔梗だ」
「きちこう?」
「ききょうの別名を言う」
「ふーん、また可愛らしいお花だね」

まだ咲いてもいない苗の前で屈み、楽しみで仕方ないというように微笑んだ。その笑顔があまりにも綺麗なものだから一瞬ドキッとしてしまう。
思い出したように小十郎はその苗たちを拾い上げて、植える場所へすたすたと歩いていく。あ、待ってよ!慌てて彼女もそれを追いかけた。
毎度思うのだがなぜこの女は俺にひっついてくるんだ?

「おまえ…俺が怖くないのか」
「えっ。うーん、正直に言うとその顔は怖いけどね。もうちょっと額の皺伸ばしたほうがいいよ!」
「余計なお世話だ」

聞いた俺が馬鹿だったと、小十郎は苗に向き直る。彼女もごく当たり前のように隣へ座り、スコップを手渡した。そしてそれを自然に小十郎は受け取って、苗を植える場所を作ってやる。これは既に日常化した風景だった。

「桔梗はいつ咲くの?」
「だいたい六月、ちょうど梅雨の時期だな」
「花言葉は?」
「清楚、気品」
「いつもながらよく知ってるね」
「お前には随分と遠い言葉だろ?」
「ひっど…!い、いつかなるんです」
「そのいつかがいつ来るんだか俺は知りてえ」

わざと少し馬鹿にしたように笑うと、途端に女はぷくうっと頬を膨らませた。相変わらずころころ表情の変わるやつだ。見ていて飽きない。

「あっ、片倉くんその笑顔、いい!」
「…何が」
「いますっごく優しい笑い方してたよ?いつもそうならもっと女の子からもてるのに」

おまえがそんなに喜んでどうする。無意識だったのか、こいつといるとつい気が緩んでしまう。小十郎は忸怩たる思いで顔を、大きな手のひらで覆った。くそっ、どうも調子が狂う。
そんな小十郎の気持ちもつゆ知らず、手を止めた彼の変わりに苗を植えてやる。しばらくして小十郎が倍の速度で作業をし、あっという間に日は暮れた。

手にこびりついた土を洗うべく水道まで二人は歩いた。頼んでも居ないのに彼女はきちんと片付ける道具を半分持ってくる。

「さっきの話なんだけどね、」

隣で丁寧に石鹸で泡立てている彼女が唐突に話した。さっきの話とは、と小十郎は首を捻る。

「片倉くんのこと、最初は怖いと思ってた」

ああ、その話かと納得した。それくらい知っていると小十郎は苦笑する。ただ彼女の顔があまりに真剣だから、茶化す雰囲気ではないと小十郎はそのまま黙っていた。

「でも今は、片倉くんがとっても優しいこと知ってる。だからね…わたしは片倉くんが大好きだよ」

にっこりはにかみながら笑う彼女に、小十郎は唖然として洗っていたスコップを取り落とした。心臓が不整脈を起こしたかのようにばくばく言っている。なんだこれは。今までに無い感覚に戸惑うばかりだ。動揺している自分に情けなく腹立たしく、彼女の顔がまともに見れない。

「さき、行ってるね」

彼女の方は全て洗い終えたらしく、バケツに小十郎の分まで道具類を入れて、抱え込むようにして歩いて行った。そのときちらりと見た彼女の横顔が、少しだけ寂しそうに映った。そんな顔を見たことがないだけに、小十郎は胸がちくりと痛む。

(ああ、もう…なんなんだ!)

原因の分からない気持ちに苛立ちを覚えながらも、小十郎は後を追いかけた。乱暴に彼女の持っていたバケツを奪い去ってそのままスピードを上げ前を歩く。

「う、え、わたしが持つよ!」
「いい。俺が持つ」
「だってそれ重いでしょ」
「ああ、重くて仕方ないな」
「じゃあ…」
「なおさらこういうのは男が持つもんだろ」

自分の袖を握り、持つと主張していた女を振り返れば、打って変わって恥ずかしそうに俯いていた。それがかわいい、と思う自分はどうかしている。だけどそれが本音であって、どうやら俺はこいつを知らぬ間に好いていたことに気づかされた。

「しょうがねーから付き合ってやるよ」

ぽんぽんと一回り小さい彼女の頭を撫でてやると、嬉しそうに瞳を輝かせて「大好き!」と腰に飛びついてくる。やっぱり桔梗にほど遠いが、元気な姿がしっくりくるやつだ。




重くて仕方ないな




(100811) for.五本槍「告白」
title.馬鹿の生まれ変わり

押しに弱そうな片倉くん。背景は桔梗色にしてみました。