クリスマスパレード、クリスマスローズ、クレマチスウインターベル、スノードロップ。全て花の名前だ。季節は冬、恋人たちのクリスマスが近づいている。小十郎は如雨露を持ち、しげしげと花を眺めていた。
大学生になってから小十郎は趣味が功を奏し、花屋で働き始めている。彼女とは別の大学のため、高校の頃のようになかなか会えることはない。それでもお互いに時間を作り、かれこれ五年経つ。今年のクリスマスはバイトが終わり次第、何か花をプレゼントしてやろうと小十郎は思案していた。そこへふっ、と影が差す。
「片倉くん」
にこにこと満面の笑みをした彼女が立っていた。冬なのに随分と薄着だな、と小十郎は顔を顰める。
「あ、まーたこいつきやがって、バイトは遊びじゃないんだぞ。って顔してる」
「ちげえよ」
「そ?でも今回は理由がきちんとありますからね」
小十郎の隣に並ぶと彼女は随分小柄に見えた。なんとはなしに庇護欲をそそられて、小十郎は照れ隠しのように彼女の頭をポンポンと撫でる。嬉しそうにそれに答えたやつは、花束をひとつ拵えてくれるようにお願いされた。
「なんだ見舞いか?」
「うん、竹中が肺炎拗らせたみたいで死んでる」
「そうか…」
また例の竹中か。そういえば高校の頃も俺以外唯一仲がよかった男である。何でも中学から一緒というではないか。負けているような気がしてならない。だいたいやつは竹中で、俺は片倉くんっていうのも…。
「そ、そんなに花束ひとつ難しく考えなくていいからね」
おろおろとした声にハッと小十郎は現実に引き戻された。どうやら何を勘違いしたか、俺がずっと花について考えていたと思っていたらしい。
「なんだったらこのシクラメンだってかわいいし」
「馬鹿、鉢植えはご法度だ。いいからそこで待ってろ。花束片付けたら俺も上がる」
「じゃあ一緒に帰れるね、やった!」
「その前に」
小十郎は自身の持っていた荷物を漁り、チェック柄のマフラーを彼女の首に巻きつけた。
「風邪引くぞ。てめえも女なら冷やさないようにしやがれ」
「…かかか片倉くん!!」
茹蛸のようになって頬を染めるこ女に、小十郎は本当に見ていて飽きないと思う。小十郎はすぐさまレジへ戻り、見た目からはおおよそ想像のつかない繊細な手つきで作業をした。
日も暮れた夜道を二人の影が寄り添うように並んで歩いていく。マフラーに顔をうずめて彼女は随分ご機嫌に鼻歌を漏らしていた。右手には花束、左手には大きな手のひらが握られている。一本一本絡めてぎゅうと握るさまは誰が見ても微笑ましいカップルだった。
「もうすぐ五回目のクリスマスだね」
「今年も俺の家に来るだろ?」
「たっくさん料理を作って待ってるから、早く帰ってきてよ片倉くん」
「…ああ」
どうもその片倉くん呼びが先ほどから小十郎は気になって仕方がなかった。付き合って五年も経つなら、いい加減くん呼びから昇格したい。あわよくば名前で呼んで欲しい。
そのもやもやとした気持ちを敏感に感じ取った彼女はどうしたの?と不安げに尋ねる。
「そろそろ止めねえか」
「何を?」
「その片倉くんってのをだ」
「うーんいい慣れちゃってるからな。だいたい名前のほうが長くて呼びにくいもん」
「よ、呼びにく…い……」
思わぬところで障害が発生し、小十郎は精神的によろめく。しばらく何ともいえない沈黙が二人を包んだ。それを先に破ったのは白い息を吐き出した彼女のか細い声だ。
「…でも、そうだね。将来的に考えると、今から名前に慣れておいたほうがいいのかも」
「将来?」
「い、いいからそこは気にしないで、ね。小十郎」
彼女のはにかんだ顔と不意打ちにも等しい呼び捨てに、くらりと再び小十郎の心は大きく動揺したのだった。彼女の苗字が片倉になるのもそう遠くはないだろう。
満たし満たされ
(101029) for.五本槍「恋人」