お鍋がぐつぐつといい始めた頃、インターホンが鳴った。

「はーい」

慌てて火を消し、パタパタと音を立ててドアを開ける。無用心と思われるだろうが、この時間帯にいつも鳴らす男をわたしは一人しか知らない。

「帰った」
「お帰りなさい」

スーツ姿の小十郎は少しくたびれたような笑顔を見せた。鍵を持っているというのにわざわざわたしを待つのは彼の悪い癖である。しかしそれがまったく苦に思えないのは一重にわたしたちが先週入籍したばかりだからだ。頬に軽くキスをしてやり、間合いを取る。
わたしは仕事の書類がぎっしり詰まった鞄を受け取ってはにかんだ。

「ねえ、小十郎」
「なんだ」
「先にお風呂にしますか、ご飯にしますか、それとも」

とっておきの笑顔で廊下の奥を指差す。訝しげに小十郎は眉を顰めた。きっとこの次は驚くだろうなと予想する。

「ベランダにしますか?」
「…咲いたのか」
「ご自分でどうぞお確かめください」

聞くまでもなく小十郎は嬉々としてリビングに面している窓を開けた。ところせましと並ぶプランターの中で一際美しく咲き誇っている花は桔梗だ。結婚と言えばジューンブライド、つまり六月がまさにこの花の旬。
覚えているだろうか。高校時、桔梗は小十郎の手によって植えられた。呆れたことに思い出深いからと卒業の日、小十郎はこの花を一房分けてもらったらしい。それを聞いて以来、二人で大事に育ててきた花だ。
それが今日とうとう何度目かの花を開いた。小さな生命の息吹にわたしたちは感動する。それだけで小さな幸せが生まれ、積み重なって大きな幸せになっていくのだろう。

「次は薔薇でも植えるか」
「あれ、難しいって聞くけど」
「まあな」
「いつごろ咲くの?」
「だいたい五、六月が最盛期だ」
「花言葉は?」
「おまえはいっつも質問ばかりだな」
「だって知りたいんだもの」
「…花言葉は、    」

小十郎はそっと耳元で囁き、優しく口付けをした。




あなたを愛しています




(110205) for.五本槍「新婚」

タイトルが花言葉です
背景がフレンチ・ローズ、文字色はメイフェイア・ローズ