お初にお目もじかかる
夏休みも八月に入り、行事の中でも大変なお盆がついに来た。家族全員を乗っけて車は長い渋滞を終え実家にたどり着く。音に気がついたのか、祖父と伯母さんが玄関を開けて迎えてくれた。
「疲れたでしょう、何か飲み物いる?」
「うん!」
リビングのソファに座って、伯母さんが出してくれたカルピスを飲んでいると荷物を持った父が入ってきた。寝そべったを見て、まったくと呆れながらため息をつく。
「おい、すぐにやるぞ」
祖父はよっこらせと腰を上げて、再び玄関の方へ向かった。急いでカルピスを飲み干してわたしも続く。
迎え火をするためにドアを開けっ放しで、ほうろくの上におがらを乗せて火を焚いた。こうして亡くなったご先祖様が帰ってくるらしい。お帰りなさい、お祖母ちゃん。そっと呟いた。
それから和室に移動して今度はお線香をあげた。仏壇には茄子や胡瓜につまようじを指したようなものが置いてあった。
「いつも思うけど、あれはなに?」
「ああ、あれに乗ってご先祖様が黄泉から来るのよ」
来る時は早く来たいからきっと胡瓜の方ね、と母が微笑んだ。あれに乗って来る様を想像したら不謹慎だけど少しだけおかしくなった。もう少しいい馬を作ってあげればいいのに。
最後にわたしがお線香をあげて、仏鈴を鳴らし拝む。それが終わるとさっさと話しながら皆は出て行ってしまった。
もう少しだけわたしは残って、写真の中で笑う祖母を見た。随分前に亡くなったからあまり覚えていないけれど、やっぱりさびしい気持ちになった。もう一度だけ手を合わせてから立ち上がる。そんな時だった、誰もいないはずの部屋から声が聞こえたのは。
「感心でござるな」
ぱっと仏壇を振り向くけれどもちろん誰もいない。はてさて、ご先祖様の幻聴でも聞こえたかと首を傾げた。それにしたって古い物言いだ、随分前のご先祖様だろうなと思う。
「もしや某の声が聞こえたのか?」
「……え、」
ふあっと窓から風が吹いて、仏壇から男の子の顔がにょっきり出てきた。あまりの回帰現象に言葉をなくし卒倒しそうな意識をなんとか繋ぎとめる。思わず叫びそうになって口を抑えながら男の子をじろじろ見た。よく見ると仏壇まで透けているではないか。これは幽霊の類に違いない。
「驚かせてすまぬ、久方ぶりに某が分かる人間がいて嬉しくてつい…」
「ごごごご先祖様!?」
「ちょっと違うのでござるが、某は真田源二郎幸村と申す」
「あっこれはご丁寧に、わたしはです」
一歩下がると、完全に仏壇から一人の男の子が出てきた。赤が基調の随分不思議な格好をした彼、真田源二郎幸村は頭を下げてそれからこうのたまった。
「これからよろしくお願い致す」
いったい何をどうよろしくされなければならないのだろう。少しひきつった笑顔でわたしは握手に応えた。
(090817)