みんみんみーん

蝉の喧しい声が気温を上昇しているように幸村は思えて仕方がなかった。昔ながらの風流な縁側に腰を落ち着けて、蚊取り線香の傍で扇子を動かす。着流しを着てもこのざまだ。しっとりと汗ばむ手のひらを見て幸村はフッと自嘲した。人間らしいことよ。







「真田さん、花火をしませんか」

少女は持ってきた色とりどりの棒をばらまいた。俺は疑問符を浮かべながらそれらをただ眺めた。彼女は縁側の先に広がる庭園の石畳に水桶と蝋燭を灯す。

「まずは予行演習」
「?」
「いいから、見ていてください」

適当にひとつ棒を掬い取って、蝋燭に翳す。少女は珍しく浴衣を身に纏っていた。最初こそ下着のようでみっともないと抵抗感があったが、この時代はみな等しく祭り等のときにはこれを纏うのだと知って驚いたものだ。今ではこれも時代の流れ、文化の違いだともはや諦めの境地に至っている。
だからこれ以上何か起きても自分は驚くまいと思っていたのにも関わらずだ。

シュワー とした音とともにその棒から、きらきらとした火花が散ったのにはたまらず腰を上げた。その拍子に水桶がひっくり返って裾が濡れてしまう。そんな慌てた俺の体を見て少女はしてやったりと笑った。

「真田さん、驚きすぎ」
「…これは何だ?火薬、種子島の仕組みを利用したものか」
「さあ。詳しくは知らないけれど、真田さんが知らないならもっと後に出来たはずです。火縄銃だって入って間もない時代でしょう」

持ってみる、と手渡されたそれを忽然と見つめた。蛍の光よりも強く、鮮やかな火花はたいそう美しい。まだ早いけどと次に渡された線香花火はもっと情緒を揺すぶられた。段々と丸みを帯び、パチパチと光り輝いて、そして突然に落ちる。まるで人の生を見ている気持ちになった。
俺はこの線香花火と同じく盛んに光、そして瞬く間に落ちたのだ。

じっと落ちた線香花火を見ていたら急に空が明るくなった。今度は何かと振り返れば夜空には眩いほどの花が、大輪が咲き誇る。遅れてやってきた音に再び肩を震わせた。

「たーまやー」

少女は大きな声で叫ぶ。続々と打ち上がる花火に目頭が自然と熱くなる。夏になればどうしても思い出さずにはいられない。あの蒸し暑い日に起きた、じりじりと燃え尽きようとする戦を−−−







風鈴が揺れる音に耳を傾きながら、彼女の足音を尋ねる。手に握られたお盆の上には見事なまでに真っ赤な果実が載っていた。

「西瓜か」
「あら、これは知っていたんですね」

残念だと彼女は口を尖がらせて、どうぞと差し出した。瑞々しい赤い実を齧れば、甘い味が口内を満たしていく。確かにこれは夏に合うものだ。

「季語は秋らしいがな」
「えっ、西瓜が?」

独り言を拾った彼女は意外だと驚いた。珍しく立場が逆転して、俺は笑うてやる。そうすればますます彼女は機嫌を損ねて拗ねた。ぷうと膨らむさまはさながら河豚のようである。
それを横目に俺はプッとそのまま縁側に西瓜の種を吐き出した。遠く遠く先まで飛び、草むらに隠れる。そろそろ俺も帰らねばなるまい、と漏らせば彼女は途端に悲しい目をした。

「また寂しくなります。今年くらい一年ほどお暇をもらったらどうです?」
「そうはいくまい。俺が許されるのはこのお盆だけだ。それに…いつまでもお主を独占していてはアレが怒るだろう」
「ユキくんは真田さんと同じで心が寛いですから」
「…さようか」

そこまで寛くはないのだがな、と俺はひとりごちた。こうして時代を経てもそなたをいつまでも愛でたいという気持ちだけは変わらずにあるのだから。







庭先には今年も立派になった西瓜が見えた。彼女と食べた日を思い出す。さて、あれは何年前だったか。
盆だけに許される現世への帰省を欠かしたことはない。己の時はいつまでも止まり続けているが、彼女の時は刻々と進んでいく。もう盆になってから二日も経つのに、彼女は一向に現れなかった。もう俺との約束を忘れてしまったのだろうか。そろそろそのような年にもなるかと、悲しくなった。

「真田さん」

しゃがれた、しかし張りのある声が後ろからした。隣に付き添う、部下によく似た顔の男が俺にへらりと笑いかけた。この男も随分と年を取った。

「まったく入院中だっていうのに、真田さん真田さん煩かったですよ、…真田の旦那」
「そうか。俺は忘れられたのかと思い、拗ねておったぞ」
「忘れるものですか。わたしはそこまで耄碌としておりません」
「これはこれは悪かった」

手のひらで弄んでいた茄子を、ことりとそのまま茶を載せた盆に置く。

「今年の茄子はよく育っているな、とても乗り心地がよかった」
「主人の、幸村の作ったものですから」

この不思議な俺と老婆(かのじょ)の関係はまだ続きそうだ。俺はまた来年も老婆を待ち続けることだろう。


(101025) for.一夏

一期の設定を借りて書かせていただきました。雰囲気だけでも伝われば幸いです。ちなみに花火は江戸時代徳川家康が駿府城で見たことからはっきり確認されています。西瓜は室町時代にはあったそうです。