事情を説明致そう


混乱する頭を抱えながらわたしはとりあえず場所を移動することにした。真田さんにはついてくるようにジェスチャーをしつつ、誰もいない二階部屋に行く。そこは父の寝室であった場所であり、未だ当時の机や寝具が置いてあった。
おそらく彼が幽霊という存在ならば間違いなく他人には見えないわけで、あの現場を誰かに見られようならば独り言の多い変人というレッテルを貼られることは確実だ。
どうしたものかと思いながらベッドの上に座る。所在なさ気に真田さんはおろおろしているものだから少しだけ可笑しくなった。

「隣どうぞ」

ポンポンと隣を叩くと、真田さんは躊躇いながらも隣に座った。幽霊とはすべてを貫通するものだと思っていたけれど…随分都合がよく出来てるらしい。

「ええとそれで、もう少し詳しくお話してくださらないとよく…あなたが幽霊なのも正直まだ信じられません」
殿の言うことはもっともでござる。某、先ほども名乗りましたが真田源二郎幸村と申しまして、戦国時代にて武田信玄公に仕えていました」

武田信玄といえばかつての山梨県にいた戦国大名の名前だった。つまりこの人は戦国時代に亡くなった武将なのだろう。道理で口調が堅苦しいわけだ。妙に頷けて、真剣な真田さんには悪いがまた少し可笑しくなる。

「そして大坂にてこの命尽き果ててしまい、いざ三途の川を渡ろうとしたところ重要なことに気が付いてしまったのだ」
「重要なこと?」
「ああ、それが…」

そこで少し恥ずかしそうに真田さんは俯いた。こぶしを握りふるふると体を震わせる。

「この不甲斐ない某をしかってくだされお館様あああ!」
「ちょ、ちょっとシッー!」

唇に手を当てて黙るように言うと、申し訳ないと律儀に真田さんは謝る。まさかこのように叫ぶ人だとは思っていなかったものだから驚いた。
…しかしよくよく考えてみれば彼は幽霊なのだからいくら叫ぼうとまわりには聞こえないのだ。

殿は六文銭を知っていらっしゃるだろうか?」
「六文銭…」
「これのことだ」

首にかけていた銭を見せられて思い出した。確か祖母を棺に入れる時付けてあげたものだった。三途の川を渡るために必要だと母が言っていた気がする。しかし真田さん自信が六文銭と言ったのに彼が下げていた数は五つであった。

「真田家はいつ死んでも構わない覚悟を持ってこれを家紋と致しております。お気づきでしょうが…ひとつ足りないために某は未だに浄土へ行くことが叶わなんだ」

なるほど、だからいつまで経っても成仏が出来ないのだ。やっとそのことが理解出来たがまだ疑問は残るばかり。どうしてひとつ足りないのか?ただそれを聞くのは少し憚られた。彼のプライバシーに関わりそうだからだ。
それを察したのかは知らないが真田さんはさらに説明をしてくれる。

「なぜ足りぬのかと申せば、それはあるお方に託したのだ。その方に決して死なぬという覚悟故に預けたのだが…恥ずかしながらこの様」

ふ、と自嘲するように笑みを漏らした真田さんの顔は寂しそうにも見えた。きっと真田さんにとって大事な人だったのだろう。
しばしかける言葉が見つからずに気まずい沈黙がおりる。しかし会ったばかりのわたしにどうしてここまで説明してくれるのか。

「…それでなぜここに?」
「ああ、これは失礼致した!実はそのお方の子孫に当たるのがそなたの家系なのだ」
「なるほど〜だからここにいるんですね、納得なっと…?」

そのお方の子孫、家系、ぐるぐると頭の中で真田さんの言葉を繰り返してみる。ようやく内容が呑み込めたときわたしは先ほどの真田さんと同じくらい叫んでいたのだった。


(091013)