少々嗜む程度でござる
パチ…パチ…
戸惑いがちの音が静かな部屋に響く。白黒の碁石が碁盤の上に理路整然と並べられていた。ゆっくりと考えながら打つと比べて、その間に次の手を読んでいるのか真田は即座に打つ。
ときどき祖父と打った囲碁だが初心者に等しいに優しく導くような手を真田は打つ。それでも最後に寄せをすればわずかに負けていた。
「真田さんは囲碁もお得意なんですね」
「む、意外か?」
「少し…」
「殿は正直だな」
そう言って笑う姿は大人びてみえた。そう年は変わらないだろうが、元服の年齢などを考慮すると彼はもう立派な大人なのだろう。囲碁を打ちながら質問をしてみたら、彼は上田城を任されている身だったと告げた。
「独眼竜ならば既に伊達家の跡目を継ぎ、大名格ですぞ」
「へえ〜責任重大だね」
どう返事を返したらいいか分からなかったからとりあえず感心をしてみせた。
それから熱心に真田さんの好敵手らしい伊達政宗の話を聞かされる。その時に見せた表情が子供のように輝いていたが、同時に瞳は武将のそれだった。ただの喧嘩じゃない、この人たちは命のやりとりを楽しんでいたと考えるとあまりにも今と価値観が違うことに驚く。常に手元に人殺しの道具があるという生活はどんなものなんだろう。やはり私たちの時代よりも命の重みが感じられるのだろうか、それとも逆に軽んじられているのだろうか。不思議でたまらない。
「殿、そこには置けませぬぞ」
「…へ?」
「ほらコウが出来ておる。某のお話はつまらなかったかな」
「あ、いえ。四百年前に戦が起きていたと言われても実感がわかなくて」
「そうであろうなあ…今の日本はまっこと平和でござる」
少しだけ寂しさを含んだ笑みを見せて真田さんが次の手を打った。と、同時にたくさんの石が取られていく。しまった、考え事をしていたせいでまったく気付かなかった。碁笥の蓋に落とされていく石の多さにああこれは負けたなと思って「参りました」と頭を下げた。
「悔しい、九つ石を並べたのに手も足もでなかった」
「知将と歌われた真田幸村にここまでもったのは称賛に値する」
「…じ、自分で言うか」
「さてそろそろ時間ではござらぬか」
真田さんはよっこらせと随分年配くさい言葉とともに腰をあげた。時計を見ると六時、夕暮れが眩しい。
真田さんには部屋を出て行ってもらい、わたしは母に浴衣を着つけてもらった。準備は出来たか、と祖父がみんなに尋ねる。それから家を出て少し行った先の空き地に、立派な祭りの準備が既にされていた。屋台もずらりと立ち並び、雰囲気に酔う。
「いつの世も祭りだけはたいして変わらぬな」
真田さんも心なしか楽しそうに見えた。わたしはさっそくチョコバナナを買って、食べながら歩く。何せ祭りに来た目的は武田さんと会うためだ。祖父に離れないように人ごみを縫って歩いた。
しかし本当に人の多いこと。祖父はさっきからよく人に声をかけられてその度に少しだけ世間話をする。武田さんは一向に現れない。人前だから真田さんに話しかけるわけにもいかない。やっぱり来なければよかったかなあ、と後悔していたときだった。
「…ん?」
いつの間にかわたしは祖父と、それに真田さんとも逸れてしまっていた。ぼうっとしていたのがいけなかったらしい。とにかく突っ立っていても邪魔なので、少しだけ道に反れて探すことにした。
行き交うカップルや子供たちを眺めて違和感を覚える。浴衣というよりは着物を着ている人ばかりで、そしてなにより髪形がいかにも時代劇といった丁髷。目をこすって確認してみるが景色は変わらない。おかしい、おかしいぞ。頭がぐるぐる混乱する。そんな時だった。
「お嬢さん、大丈夫?」
(100215)