頼まれ申した
「わっ!?」
ひょいと顔をのぞき込まれてぎょっとした。声をかけてきた男はよくあるあやかしのような狐の仮面をつけていた。
「あららら〜そんなに驚かないで。俺様傷つくよ」
心外だと言うように溜め息をつかれた。しかし誰だって突然狐にのぞき込まれたら驚くのは無理ないと思う。
まだバクバクいっている心臓を抑えつけて、あなたは?とわたしは努めて冷静に尋ねた。
「ん、そうだな?天孤とでも名乗っておこうか」
「……」
「目は口ほど物を言うって言うけどあからさまに疑う目は止めてよね」
いくら祭の場とはいえ不審者としか思えない男は人の了承もなく隣に座る。それにしても狐の仮面以外にもこの人の服装はどこか周りと違っていた。自衛隊のような迷彩柄の服装、まさかそういった職業なのだろうか。あんまりにもじろじろとが見るものだから男は苦笑いを浮かべた。
「そんなに物珍しい?」
「はい、こんなに怪しい人は初めてみました」
「随分はっきり言うね」
「すみません…真田さんにも言われたなあ」
「なになに真田さん?もしかしてお嬢さんのこれ?」
ピッと小指を立てる仕草をする男に冷たいまなざしを送る。するとわざとらしく男は「怖い怖い」と震える真似をするのだ。どうも仕草がいちいち癇に障る。
「そんなんじゃありません。真田さんは…」
真田さんはわたしにとって何だ?どういう関係なのか。改めて言おうとした時にぐっと詰まってしまった。突然昨日現れた幽霊、知り合い?果たしてその程度なのだろうか。よく分からない。
「どうしたの?黙り込んじゃって。なんなら俺様が当ててあげようか」
「いいですよ。どうせ色恋に云々つける気でしょう」
「そうでもないよ。そうだなあ、真田の旦那は突然君の目の前に現れた幽霊で、成仏が出来ないから助けてくれとお願いした。そんなところじゃなーい?」
ね、当たっているでしょう。かわいらしく小首を傾げる男にわたしは背筋が凍る思いをした。こうも考えていたことを当てられるとは、いやそれ以前にこの男はなぜそこまで知っているのか。
「あ、あなた何者?誰なの?」
「忍にはこれくらい朝飯前ってね」
そう言って男は立つなり、ありえない跳躍力で頭の遥か上にある木の枝にぶら下がった。そこから器用に体勢を変えて逆さまになってわたしを眺める。
忍?あの戦国時代にいたという伝説の?確かに周りの風景からいてもおかしくないけれど、ここにいるはずのないわたしの行動と思考を読めるはずもない。
「俺様の名前は猿飛佐助!真田忍隊の長さ。もう少しだけ真田の旦那の世話、任せたよ」
狐の仮面がひらりと落ちた。真田さんにも勝るとも劣らずのおそろしく綺麗な顔立ちの男がこちらを見ていた。待って、そう言おうとしたわたしの言葉は風に巻き込まれた。思わず目を瞑るくらいの突風。
おそるおそる目を開けた先にもう猿飛佐助と名乗った男の姿はなかった。祭の人たちもいつも通りの人々。戻ってきたんだと理解した。なんだったんだ…先ほどのは。幻覚や白昼夢か、と決めつけてしまうにはあまりにリアルな…、一度にたくさんの情報が頭の中にぐるぐると渦巻いている。
猿飛佐助の言葉を思い出すと、真田忍隊の長と言っていた。それはつまり真田さんの部下ということになる。そうすると彼も間違いなく死人だ。お盆に乗じて会いに来た…?
結論が出た時にわたしはある男が目の前を過ぎていったことに驚いた。それこそ幻覚か白昼夢かといった類の現象がまだ続いているように思えたけれど、間違いない。あれは、あれは猿飛佐助だ。
(100220)