あまり心配をかけなさるな
なぜ彼がいるのか?分からないけれど、どうしても興味が湧いて彼の後を追いかけた。それはすごく勇気のいることだったけれどは思い切って男に話しかけた。彼が名前を否定したならば人違いでしたと言えばいい。
「すみません、猿飛佐助さんですか」
「……?そうだけど」
彼の浴衣の袖を引っ張って尋ねると、鉄砲玉を食らったみたいにきょとんとして肯定した。しかしまさか本当にその返事をされるとは思っていなかったものだから呼びとめたはいいものの次の言葉が出ない。
「おや、?」
猿飛さんの近くにいたおじさんがこちらに気づいて声を上げた。今度はこちらがいい当てられてますます混乱する。
「は、はいそうですけれど…」
「ちゃん?」
すると猿飛さんまで思い出したかのようにもう一度問いただした。それに頷くとなつかしいねえ、と猿飛さんはもらす。こちらまでわたしのことを知っているとあまりに驚いた。その様子におじさんは自分たちのことを分かっていないと判断したようで、
「儂は武田信玄、昔はよく家で遊んでいたじゃろ?」
「武田さん…?」
「そうじゃ」
ご丁寧に自己紹介までしてくださった。
「まあ俺様のことは覚えていなくて当然だよ。たまーにしか顔を見せなかったから。あ〜、旦那がいれば喜んだろうに。あれ、でもよく俺様の名前を言い当てたね?」
「旦那…」
「ありゃ、そっちも覚えていない?小さいころ大きくなったら結婚する!とまで誓い合った仲なのに」
「ええ!?」
誰だろう、誰だろう必死に思いだそうとする。だいたい武田さんの家で遊んだ記憶もあいまいなのだからその男の子もまったく思い出せない。
だけれども旦那、という言い方が妙に忍の猿飛さんを思い出させた。
『俺様の名前は猿飛佐助!真田忍隊の長さ。もう少しだけ真田の旦那の世話、任せたよ』
この場合の旦那は間違いなく真田さんを指すだろう。ならもしやこちらも…?と憶測を立ててみるも、ありえないとすぐに打ち消した。なぜなら真田さんはまだ成仏もしていない存在なのだ。それなのに生まれ変わりというものが存在していいのか。
まあ、こうもあっさりと武田さんたちに会えたのは喜ばしいことだ。そのために今日は祭に参加したと言っても過言ではない。
「、やっと見つけたぞ!」
「…!!」
音もなく後ろに忍び寄ってきたのはまさに真田さんだった。わたしにしか聞こえないので返事はしないように努めたが、あまりにも急だったので驚いた。
ところが振り返った真田さんの方が驚いていた。やはり、武田さんは彼が仕えていた人物と、猿飛さんは彼の部下に生き写しなのだろう。
「何にせよまた遊びに来るといい」
「うんうん、旦那なら遅れてこっちに来るらしいからギリギリ間に合うかもよ?」
「あ、じゃあ、またお邪魔させていただきますね」
「うむ。ではまたの」
ばいばーい、と猿飛さんがご機嫌に手を振ってくれた。それから真田さんを改めて振り返る。もう一度人ごみを避けて屋台の後ろの方へ回った。
「先ほどのは…お館さまと佐助に相違ない」
「どうやら真田さんより一足先に生まれ変わっていたみたいですね」
「…そうだな。どうりで会わなんだ」
「いえ、実は」
そこで逸れた後に起きた不思議な話をすべて聞かせると真田さんはますます目を丸くして、長いまつげを瞬かせて驚く。
「では、なおも佐助の霊はいると?なぜ某のところへ挨拶に来ぬのだ」
「それは分かりません。けど、せっかくの六文銭について聞くチャンスだったのに、あまりにも衝撃が大きくて聞きそびれてしまいました」
「でも遊びに来いと言われたのだろう?それを口実に行けばいい。某のことは二の次で構わぬよ。それよりも殿、もっと祭を楽しみましょうぞ」
すい、と真田さんに手をひかれる。幸いまわりはごった返していて誰もわたしたちには注目していないからばれやしないだろう。
そういえばあの時真田さんはわたしのことを呼び捨てにしていたなあ。人間咄嗟になるとそうなるのかしら、とは随分見当違いのことを考えていた。
(100222)
生まれ変わりと幽霊が同時に存在するのは犬/夜/叉の桔梗とかごめみたいな関係と思ってくだされば…!