恋しくないと言えば嘘になろう


さくさくさく、見渡す限り田園風景の中にある砂利道を歩いていく。時々すれ違う散歩中のおばさんやわたしと同じく帰省している子供たちは元気にあいさつをしてくれた。自分は見えていないというのに真田さんは律儀にあいさつを返している。
小さな林の一角にその寺はひっそりと立っていた。お祖父ちゃんは住職の方に顔を出しに行き、たちは墓地へ行く。所謂留守参りというやつで、故人がいない墓を掃除しに来たのだ。お祖父ちゃんがよくしているからか、特に掃除という掃除もないのだが。

「わたし水を汲んでくるよ」

率先してそこを離れ、桶に水を汲みに行く。当然のことながら真田さんもついて来た。

「ここで殿のおばあさまが眠っておられるのだな」
「うん、なかなか景色のいいところでしょう」
「…うむ…」

そわそわと真田さんはどことなく落ち着かない様子に、どうしたの、と声をかける。

「どうも見覚えのある景色なのだ」
「それって来たことがあるってこと?」
「…分からぬ」
「おや、ちゃんじゃないか」

あらぬ方向から突然声をかけられてどきりとした。真田さんと話していたことを聞かれていたらまずい、なにより独り言を不審に思われる。こなたから歩いてきたのは武田さんと猿飛さんだった。昨日今日でよく会うな、と思ったが近所なのでそれも不思議なことではない。
どうやら桶を返しに来たようだった。武田さんの家もここにお墓を構えているらしい。
学校はどうか、いまいくつなのか、たわいもない話を少しだけしてお母さんに呼ばれる。

「引きとめて悪かった。こないだも言ったが、ぜひまた遊びにおいで」
「そうそう、明日には旦那もこっちに来るから。まだいるんでしょ?」
「はい、ありがとうございます。じゃあまた」

ひらひらと手を振って、急いで家族のところへ戻る。墓石を綺麗に濯ぎ、雑草を抜き、新しい仏花を備えた。
それから一人ずつ線香をあげた。そういえば、お墓の中におばあちゃんはいないというのにそれもおかしな話だと思う。
一通り終わるとちょうど昼時になり、お腹もすいてきた頃合いだった。さあ帰ろうとしたところで真田さんがくいっとの袖を引っ張る。

「少しだけ残ってはくれまいか」

お、お腹が限界なんだが…しかし真剣な真田さんの顔には頷いた。母親にそれを伝えて真田さんと向き合う。そういえばさきほどここに見覚えがあると言っていた。

「その…墓を見て思っていたのだが、」
「うん」
「…某もここで眠っているのではないかと、そう思ったのだ」
「真田さんのお墓があるってこと?」
「あまりにも見覚えがありすぎるのだ。いつも見ていたような、そんな気がする…」

さくさくさく、墓石が立ち並ぶ小道を歩いていく。佐藤、鈴木、加藤、小林、渡辺、田中、高橋、ずらりと並ぶ苗字の数々。

「そもそも真田さん、自分のお墓覚えてなかったの?」
「えっ…ああ、いや、気づいたらそなたの家の辺りを彷徨っていた」
「何百年も?」
「…う、うむ、あ」

真田さんはぴたりと足を止めた。それは普通の人なら足を止めなさそうなほど小さな小さな墓石が、他の墓石に遠慮するかのようにひっそりとあった。名前すら彫られていない。誰かが来たのか、美しい仏花が置かれていた。

「これ…」

これがどうかしたのか。そう言いかけて噤んだ。真田さんの表情が間違いないと告げていた。まさか、これが?これが真田さんのお墓?そんな馬鹿な、だって真田さんはまず大阪で戦死したと聞いた。後世にもこれだけ人気を博している彼ならもっと立派に、手厚く埋葬されていてもおかしくない。

「何かの間違いじゃありませんか」
「いや。これだ」

優しく苔むした墓石に薄く刻まれた字を真田さんはなぞる。約束は果たした、それだけが刻まれていた。名前も何もないのに真田さんには分かるらしい。

「この汚い字は佐助だ」
「佐助って、あの猿飛さん?」
「ああ。忍のくせに、いや忍だからか、あいつの字は本当に下手くそでな。よく伝令にも解読の時間を要したものだ」

なつかしそうに話す真田さんを遠い存在に感じた。この人は今こそ一緒にいるけれど、四百年も昔に生きた人なのだ。

「そうか。あやつはしっかと守ってくれたのだな」
「約束を?」
「ああ、俺をせめて大切な人の近くに葬ってくれよと戦の前に約束していたのだ」
「大切な人…」

聞くまでもなくそれはの先祖のことだろう。いったいどういった関係にあったのか、だいたいその時の性別すらしらない先祖に軽い羨望を覚える。真田さんにここまで思われて、ここまで尽くされていた、その先祖はいまどうしているのか。お盆で来ているにしろ、どうして私たちの前に現われてくれないの。…おばあちゃんも。

「付き合わせて申し訳ない殿」
「ううん、満足できました?」
「ああ、帰ろうか」
「…ときどきこうやってまたお墓参りに来ます」
「その時は供え物に団子が欲しいな」
「意外。真田さんって甘党なんですね」
「そなたの、そなたの先祖もそうでござった」

あ、また遠い顔をしている。


(100308)

本物の真田幸村の墓は諸説など様々で存在しないとも言われています。武田さんのお墓はちゃんとありますけど…佐助はどこかに石碑があったくらいかな。そこのところは詳しくないので、とにかくこの話のお墓は捏造していますというだけです。
佐助の字が汚いといういうのは個人の妄想。そうであったらかわいいなあ、という。