罷り通る
「もう送り火をしてしまうのか…」
最初に祖父の家へ来たときと同じようにして、家族は玄関に集まった。今日に限って風が強く、夏だというのに天気も暗雲としている。
ぽつりと言葉を漏らした真田さんを見ると、風に揺らいで儚く消えてしまいそうな雰囲気だった。きっといつもは明るい表情が寂しげに曇っているのが原因だろう。
送り火でお祖母ちゃんは帰ってしまう。きっと真田さんも黄泉へと行きたいのだろうな。わたしまで切なくなって、そっと真田さんの小指を握りしめた。
パチパチパチ
風の中を踊るように火が蠢いている。誰一人言葉を発しない中で、おそらくわたしだけ違和感を覚えていた。つかまっている真田さんの小指の感覚が少しずつ少しずつ消えるように無くなっていく。背筋が寒くなった。
どくん、どくんと鼓動が嫌に大きく聞こえる。確かめるのが怖かった。隣にいる真田さんがまるで消えてしまうような錯覚をしてしまいそう。けれどその予想が本物になったのはつかんでいた手が空を切ったためだ。今度こそ向き合わねばならなかった。
もう上半身しか見えない真田さんが寂しさを含んだ微笑みをこちらに向けているのを見て、わたしは泣きたくなる。するするする、炎が消えていくのと同じように真田さんは消えていく。
どうして、声に出して問いたい。口だけが空回りをして問う。
「に会えてよかった」
額に優しいキスをして真田さんは消えた。そんなことを聞いたわけじゃない。まったく答えになってないよ真田さん。伸ばしかけた手は彼をつかみ損ねた。
悲しいよりも漠然とした不安と混乱がわたしを訪れている。真田さんが消えた、この事実は変わらない。たった三日間しか彼と過ごせなかった。いや、死人に会えたことがまず奇跡に等しいのかもしれない。それでも彼といた時間は退屈だと思っていた時間を覆してくれた。
どこか釈然としない。というより、すっきりしない!もやもやとまだ敷かれている布団で考えるよりも行動に移そう。はすっくと起き上がり家を出た。
「……」
そしてわずか数十歩歩き着いた先で、は武田と書かれた表札を傍から見れば無言で睨んでいるように見ていた。勢いで家を出たのはいいけれど、確かに遊びに来いと言われたけれど、やはり緊張する。だいたいあれは社交辞令の可能性が高いし、突然お邪魔になるだなんて迷惑に決まっているよね。や、やっぱりやめ…
「あれ?ちゃん」
「ひっ」
後ろにはビニール袋を提げた猿飛さんが立っていた。
「驚かせてごめんねー、こっちにも見慣れた子がいたから驚いちゃってつい」
「い、いいえ!あの…わたし…」
「分かってるから」
「…へ?」
「用件はさしずめ真田の旦那のことじゃないの」
上がってとかわいらしく猿飛さんがウインクして、ご丁寧にもドアを開けてくださった。わたしは何が何だか分からないままお邪魔する。リビングに通されると、新聞を読んでいる武田さんがソファを陣取っていた。軽くご挨拶を済ませてわたしは反対側のソファに腰掛ける。猿飛さんはお茶を入れてくる、とそのまま台所に消えてしまった。
緊張は消えないもののはどこか懐かしい感じが否めない。使い古された家具たち、日当たりのよい部屋、木製の柱に刻まれた落書きの数々。
「お主のもあるぞ」
わたしの視線に気づいたのか武田さんはよっこらせと立ちあがって、指をさした。わたしも立ちあがって覗くと他愛もない子供の頃の落書きが刻まれている。下手くそな中途半端に漢字交じりの文字たち、幸村、、佐助、その横には日付が。きっと遊びに来たときに身長を測ったのだろう。
その幸村は間違いなく見覚えがあって、わたしは断片的に小さな男の子を思い出した。わたしよりちょっとだけ小さくて拗ねていたユキくん。1リットルの牛乳を一気飲みしてお腹を壊したユキくん。近くの田圃湧きにある用水路に落ちて危うく死にそうになったユキくん。ああ、そうだ、いた。彼は確かにいた。どうして忘れていたんだろう?
「生憎幸村はまだ着いていなくてな。夕方には来るらしい」
「そう、ですか…」
「昨日電話で話したら、ちゃんに会いたいって言ってたよ」
粗茶ですが、と前置きして和菓子と一緒に猿飛さんがテーブルに出してくれた。再び席についてわたしは武田さんと向き合う。
「教えてください、武田さんが知っていることを」
(100318)