ただ会いたくて候
ご存じの通り、儂は武田の末裔だ、と武田さんは切り出した。
「不思議なことに儂と佐助には名前を継いだせいかもしれぬが、戦国時代の記憶があった。自分が生まれ変わりなのかも知れぬが、そういうわけだから祭りの時、あの頃そのままの幸村がいたことにはさすがの儂も驚いた」
「え、じゃああの時真田さんのこと見えていたんですか?」
「そりゃあもうばっちり。一瞬どうして真田の旦那がいるのかと思ったけど、あの服装はね…ピンときたよ。ああこの人は昔の旦那だって」
懐かしむような目で茶を啜る猿飛さん。そんな中ではいくぶんおいてけぼりの気持ちを味わった。真田さんはわたしを大切な人の末裔だと零した。けれど、わたしには一切の前世という記憶はない。もっとも前世かもわからないのだが。
「どうして声をかけてあげなかったんですか?それに…わたし猿飛さんの幽霊にも会いました」
「俺の?」
「はい。祭りのときに」
詳しくその時のことを説明すると、それは初耳だと猿飛さんは驚いた。武田さんも思案顔である。
「これは推測にすぎないが…その幸村も佐助も既に成仏しているのではないか」
「?…よく意味が」
「君が見た風景は帰省している幽霊たちの姿だと思うんじゃが。いくら記憶を有していても儂たちは彼らそのものではない。既に別の人生を歩んでおる」
「つまりね、その真田の旦那はお盆に乗じてちゃんに会いに来たんだと思うよ」
「わたしに…」
猿飛さんは自分が有すひとつの記憶の話をしてくれた。
真田さんにとって大切な人は武田の家臣の内にいる息女のことで、つまりわたしの家系にあたる。今でいえば幼馴染に等しかったらしい。お互いに結ばれて仲睦まじく過ごしていたが当時は乱世、知っての通り真田さんは大坂の役にして亡くなった。猿飛さんは遺言を守り彼女の傍にて葬った。
「君は、その人にそっくりだ。名前だって偶然かもしれないけど一緒だよ」
「じゃあ…どうしてわたしには記憶が無いのでしょう」
「それは俺にも分からない。けど、真田の旦那だってないよ」
「え?」
「だからかもしれないね、幽霊がちゃんのところに訪れたのは。自分たちのことを知ってもらいたかったのかも」
「幸村が電話で言っておったぞ。枕元にきれいな女性が立っていて、遠い昔の話をなつかしむように聞かせてくれると。それがあまりにも殿に似ていると」
消えた真田さんのことを勝手な人だと思った。同時に理不尽なことばかりだと嘆いた。でもそれは間違ってた。真田さんは限られた時間の中で懸命に伝えようとしてくれていたんだ。真田さんの大切な記憶を、生きた軌跡を、思いを。
「武田さん、猿飛さん、お話ありがとうございました」
少しだけ冷めたお茶を一気に飲み干して、お礼を言い席を立つ。
「どこへ行くの?」
「ちょっと駅前まで墓に供える団子を買いに」
そういうと二人は大笑いした。彼らの持つ記憶には真田さんが団子好きなのをしっかと刻まれているらしい。わたしは急いで飛び出した。
小さな墓石に美味しそうなみたらし団子を並べて、わたしはふと気付く。昨日来たときにはなかったはずの、随分古びた六文銭。それは欠けることなくしっかりと六つあった。真田さんの嘘つき。心の中で文句を言う。
ざっざっ、砂利道を踏み分ける音が聞こえた。歩いてくる人物に目を止めると、心臓がひと際大きく跳ねる。綺麗な仏花を持ってその青年は優しくこちらに微笑んだ。
「美味しそうなその団子、某にもひとつくださらぬか?」
「ちゃんとユキくんの分も忘れずに買ってあるよ」
ねえ、真田さん。わたし来年も再来年もずっとずっとここに来るたびに持って来るね。だからその時は大切な人と一緒にまた顔を見せてよ。わたしも、ユキくんもあなたたちに会えるのを楽しみに待っているから。
(100319)
ここまで読んでくださりまして誠にありがとうございました。当初は実在の幸村から幽体離脱したってことにしようとしていたんですけどうまくいかずに。だから貫通せずにベッドに腰掛けられたり出来る設定だったのに…!予定はあくまで予定ということですね。