敵は何処にいる


じりじりと残暑が身を焼き尽くすように照っていた。階段を上るのが本当に億劫だ。ようやく最後の一段を上り終えると、政宗が罰当たりにも狛犬の上に座っていた。手にはしっかりとゲームが握られている。

「Welcome back.」
「あんたは暢気でいいわねー」

子供とは思えない口ぶりの英語で、本当にませたやつと思う。人の気も知らないで、と多少毒を含ませた言い方に気づいたのか政宗は怪訝そうに顔をあげた。

「何かあったのか」
「ええ、ええ、ありましたとも」

事のあらましを語ると、政宗は少しだけ考え込むように顎へ手をやった。それが大人のときならきっと様になるだろうがあいにく今は子供だ。ませたガキにしか思えない。

「確かにそれは間違いなく妖怪の仕業だろうな」
「…何が目的だろう。学校の、しかも真昼間から見たのなんて初めて」
「別に強い妖気を持つやつなら夜以外でも活動が出来るさ」
「じゃあ手ごわそうね」
「協力してやろうか」
「わずかな神気しかない政宗くんがどうやったら退治できるのか見物だなあ」
「相変わらず癪に障るやつだな!」

むすっとして今にもゲーム機を投げつけそうな政宗だったが、急に怒りを静めた。どこかに目が釘付けになっている。視線を辿るとどうやら今日シップしていた箇所を見ていたらしい。

「なに、心配してくれるのかな」
「……」
「政宗?」

てっきりいつものごとくツンで返されると思っていたのに、政宗の目は思ったより真剣みを帯びていて、こっちが圧倒される。金色の瞳は鋭く敵を睨むような目だった。今日はおかしなことばかりだ、とは疲れきった頭で思う。

「明日は俺も行く」
「…念のため聞くけど、どこに?」
「決まってるだろ、寺子屋だ!」
「学校ね、学校」

冷静に突っ込みを入れると途端に政宗はムッとした。よかった、いつもの調子に戻っている。

「大人のときならまだしも、子供のあんたを連れて行けるわけないでしょ」
「大丈夫だ。隠れていくから」
「まーた。あのときだって、竜化して学校に忍びこみ、散々変な目撃情報と噂が流れたのにまだ懲りないの!」
「なんといおうと、俺は行くからな」
「絶対に許さないからね」

お互い一歩も譲る気配はない。しばらく睨みあっていたが、不毛なことに気づき、母親の夕飯の声にひかれて家に駆け込んだのだった。


***


次の日、はいつもより随分早くに起きる。いつも遅刻ギリギリに登校しているから、にとって早起きは本当につらいものだった。密かに準備をして、母親にくれぐれも政宗を外に出すなと言っておいて登校する。
校門まで近づいたところで人だかりを発見した。ちょうどあの女の子が登校する時間とかぶっていたらしい。前よりも禍々しい妖気が暗雲として立ち込めている。女の子が見えなくても彼ら全体にまで行き渡っていた。

「おい、この間おまえに告白していたやつまで紛れ込んでるぞ」
「なんだとあのやろう…って、え?」

バッと声のするほうを振り返ると、にっこり笑顔で政宗が後ろに立っていた。してやられた。早起きの努力もむなしくは落ち込む。そんな様子をいっさい関知しない政宗は冷静に妖怪を分析していた。

「ありゃたぶん女妖怪だな。若い男の気を吸い取っているんだろうよ。早々に退治しねーと女子高になるぞ」
「退治するっていったって…」
「おまえはいつもどうやってたんだ?」
「うーんと、その向かってくる妖気に触っていただけで」

政宗は少々意外だったのか目を丸くしてを見た。その視線が恥ずかしくて、何も返さない政宗に「何よ」と呟く。

「別に。じゃあ、ちょっとおまえ触って来いよ」
「だって…いつもよりすごい濃密な妖気なんだけど…」
「おまえなら大丈夫だろ。なにしろ宗哲の子孫だしな」
「なんでもかんでも宗哲の血を受け継いでいると思ったら、大間違いなんだからね」

促されてしぶしぶその人垣に近寄る。彼らの上に立ち込める妖気にそっと手を伸ばした。その瞬間に、風船が割れたようにパッと妖気が掻き消える。いや、消えたのではない。上空でひとつにまとまった妖気が出てきたのだ。

「あいつが本体だ!」

政宗が指差す。妖気の中にはのた打ち回る女の人だった。無理だ、あんな高いところに手が届くはずもない。そうこうしているうちに逃げるようにして女妖怪は学校の方へ飛び去る。慌ててそれを政宗と追いかけた。

校舎裏に妖怪は落ちていったようだった。さすがに上空を飛ぶことなどわたしには出来ないので遠回りだが校舎沿いに向かう。妖怪がいると思われる角を曲がったときだった。
パッと妖気が消えたのがなぜかには分かった。政宗もそれを察したらしい。ぴたりと足を止める。そこにはよく見慣れた一人の男が立っていた。

「よォ、。こんなところでどうしたんだ?」

向こうもわたしたちがいることに意外だったらしい。元親くんは驚いてまじまじとわたしたちを見ていた。

「あの…えーと、何かここにいなかった、かな」
「? いたのは俺だけだが」

一般人の元親くんに妖怪など見えるはずもない。聞いてもやはりそういう答えが返ってきた。見失ったが、妖怪の妖気は完全に消え去っていた。もしかしたら力尽き、ここで果てたのかもしれない。

「それよりもその坊主…」
「あ…」

元親くんは政宗を見る。そういえばずっと政宗は押し黙っていたのですっかり忘れていた。

「こ、この子は親戚でいま預かっていてね。勝手に学校についてきちゃって…」
「ふーん?」

政宗の頭をぽんぽんと元親くんは撫でる。ああ、そんなことしたら政宗が怒っちゃう!ハラハラして見守っていたが、政宗は珍しく何も言わないし、何もしなかった。

「授業始まる前に返しておいたほうがいいんじゃねーの?」
「うん!!元親くんもこんなところでさぼってたら蚊に食われるよ」
「おう。三時間目あたりから行くわ」

それでも三時間目なのか。苦笑しながら政宗の手を引いてその場を去った。政宗は無表情で何を考えているのか伺えない。けどぽつりとわたしに聞こえるように一言言い放った。

「あいつはいけすかねぇ」


(100717)