わたしの知らない世界


すっかり疲れきった様子では席に着いた。こないだの妖怪退治からどうも体調が優れない。あの政宗ですら気を使って頭を撫でてくれたくらいだ。小さいときの政宗は何でも許してしまいそうになるほど天使なのに。いっそ神より天使の方が天職だと思うのだが、それを言ったら格下げじゃねえかと怒られた。大きい政宗はまったくかわいくない。

「具合悪いなら保健室に行ったらどうだい?」
「うわ、ついに幻覚まで…」
「いくらここんとこずっと休んでいたからってひどいなあ」

勝手に前の席へ座って慶次は傷ついた仕草をしてみせた。確かこいつ、先生に一番前の席を指定されていたはずだぞ。

「幻覚といえば、俺はそっちが幻覚かと思ったけどね」
「は?」
「よう、色男。こんなところで会うとは奇遇だな」

慶次が机の下を見るような素振りを見せたので視線を机の横に落とすと、元気よく手を上げた政宗くんがそこにはいた。咄嗟に政宗の頭をはたく。小気味よい音とともに政宗は頭を手で押さえた。

「いってえ!何するんだよ」
「どうしてわたしの言ったことが守れないのかな?馬鹿なの?そうなのね?学校は子供が来るところではありません」
「うるせーな、てめえが心配だからわざわざ来てやったのに」
「へえ。独眼竜も人並みに心配するんだなあ。あっ、もしかしてちゃんってば政宗のコレ?!…いってえ!!」

おまけに慶次くんの頭も叩いてあげた。どう考えたらこんな子供とそんな仲に見えるのかしら。
はて、そういえばこの二人。まるで会ったことのあるような会話をしてなかったか。

「ちょっと慶次、政宗を知ってるの」
「そりゃ知ってるよ、俺風来坊だもん」
「…風来坊って神様?風神?」
「さあ、どうでもいいから知らねえ。まあざっと三百年の付き合いだな。最近みねえと思ってたら学校なんかに行ってたのか」
「いや〜たまには人間界で恋に生きてみようかと」

二人で会話に盛り上がり始めて、わたしは訳が分からずにまじまじと二人を見る。とりあえず慶次が普通の人間でないことは分かった。まさか学校の、それも身近な友人までが得体の知れない存在だったとは驚きだ。神様も随分暇らしい。
普通の男子高校生と小学生が何やら小難しい話をしているのはどうにも違和感を覚えてしまう。その様子を回りの子たちもさすがに気づいて、ひそひそひそ。そろそろ視線が刺さりそうなほど痛い。

「政宗、帰っ…」
。なぜ子供がいるんだ?」
「げっ」

入り口で仁王立ちをしている担任の姿に頭を抱えた。


***


教室よりも保健室の方がよっぽど快適だと、保険医からもらったアイスを食べてながら政宗は思った。うるさい女どももいない(大きいときと違ってかわいいの連呼だからますます嫌気がさす)。ベッドでごろごろ出来るし、本当に楽だ。も授業なんてさぼっちまって、一緒に保健室で遊べばいいのに。そう思案して、政宗はハッと気づく。

(それじゃまるで俺が寂しいみてえじゃねーか!)

断じてそんなことはない。ふるふると頭から思考を追いやって、持ってきておいたプラモデルを広げる。先日買ってもらったあのプラモデルだ。一気に作り上げるのも勿体ないのでちまちまと丁寧に進めている。

「あらー、政宗くん上手ねえ」

年はやや食ってるが優しい婆さんだ、と政宗はみた。ただどうしてもの母親とイメージが重なる。いや、の母親とて誰かと重なっているのだ。政宗はふい、とその言葉が聞こえないふりをして背を向ける。ああ、胸くそわりぃ。いつまで俺は引きずっているのだろう。

「ベッド空いてるかー?」

そのときだ。ガラッと音を立てて男が入ってきた。なんだ男かよ、と低い声にがっかりして政宗は振り向く。そこに立っていた隻眼の男は間違いなくあのいけすかない男だった。得体の知れない、のクラスメイト。

「おお、なんだァ。のところのガキか」
「伊達政宗」
「…立派な名前だな。俺は長曾我部元親、よろしくな」

わしゃわしゃと元親に頭を撫でられてぞっとする。押さえ込んだ何かを感じた。やっぱり、何かある。も気づかないほどの何かが。
元親は政宗の座るベッドに同じく腰掛けて、彼の作っているプラモデルを覗き込む。

「なかなか上手いじゃねえか」
「まるでおまえのが上手いみてえな言い方だな」
「当たり前だろ、俺の実力を見たらたまげるぜ〜」

元親はポケットをまさぐって携帯画面を見せる。そこにはもっと精密なプラモデルの数々が写っていた。塗装も自身で手がけたらしい。思わず我を忘れて、すげえ、と声を洩らす。

「だろ、これがアニメの−」

すっかりこいつに気をつけた方がいい、ということも政宗は忘れて話にふけ込んでしまった。


(100723)